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あなたのとりこ 319 [あなたのとりこ 11 創作]

 日比課長はここも大袈裟な驚嘆をして見せるのでありました。それに先程迄つれなく社長との会話を聞いていた那間裕子女史が、矢庭に興味を惹かれたような顔で社長を見るのでありました。これは屹度社長の正月のハワイ旅行が、その辺の小金持ち連中の見栄っ張り海外旅行とは些か趣が違ってきたのに反応しての事でありましょう。
「じゃあ、ハワイでは社長はそのお姉さんの家に滞在されるのですか?」
 日比課長のこの質問には別に、殊更の大袈裟な表情は付属しないのでありました。
「姉の家と農園はハワイ島に在ってなかなかの大邸宅なんだが、そこへは一泊だけさせて貰って、後はオアフ島のワイキキのホテルで過ごす事にしているよ。別に特段の気兼ねは無いんだけど、どう云うものか女房があんまりそこに居たがらないものだから」
 話しを漏れ聞きながら、頑治さんは社長の奥さんがあんまりお姉さんの豪邸に居たがらないのは、お姉さんの暮らしぶりのゴージャスさに対する嫉妬からかと、ふとそんな事を考えるのでありました。まあ、頑治さんにはどうでも良い事柄でありましたが。
 恐らく那間裕子女史もそんなような想像をしたのでありましょう。そうなると社長のハワイ滞在に対する那間裕子女史の興味はまた薄らいで仕舞うのでありました。何やら急に世間擦れした俗っぽい印象を受けたのでありましょう。
「ところで君は、一番新顔の、倉庫の仕事をしている人だよねえ?」
 社長が対面する側の一番端に座っている頑治さんに話し掛けるのでありました。
「はいそうです。唐目と云います」
 頑治さんはそう返事して目礼するのでありました。
「時々ビルの周りを箒で掃いているところを見かけるが、前に比べて倉庫や駐車場周りが綺麗になったような気がする。前は紙屑とか飲み物の缶とかが随分汚く散らかしてあったけど、最近はそんな事はないし車の駐車の仕方も乱暴じゃないようだね」
 これは前任者の刃葉さんと比較しての事でありましょう。刃葉さんの頭の中には、整理整頓、と云うのは生成する能わざる語句のようでありましたし、私物や自分が手に触る物とかに対しては妙に気を遣って綺麗にしているのでありましたが、自分の所有にならない物とか、所有物であっても大切と見做さない物、手や目に殆ど触れない物等に対しては驚く程ぞんざいでありました。まあ、人に対しても、同様のところがありましたか。
「唐目君は片久那制作部長に気に入られて、制作の仕事も手伝っているんですよ」
 日比課長がそんな事を社長に紹介するのでありました。
「ふうん、そう」
 この社長の返事はその辺の事情や経緯にはあんまり興味が無い、と云った風でありましたか。兎も角、社屋の周辺を繁く掃除している頑治さんの姿が、大いに印象的に映ったのでありましょう。その社長の印象の在り処を敏く察して日比課長はすぐに、前言に頓着しないで業務社員としての頑治さんの仕事振りについて話しを継ぐのでありました。
「唐目君が入ってから倉庫の中も随分綺麗になりましたし、物も良く整理してあって、出し入れが格段に効率的になりましたよ。発送する荷物の造り方も丁寧だし、時間の管理もちゃんとしているし、何に付け凡ミスなんか絶対しないし、大変頼もしいですよ」
(続)
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