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あなたのとりこ 301 [あなたのとりこ 11 創作]

「賃上げや一時金の額とか賃金式とか、あの回答書自体を考えたのは片久那制作部長だろうけど、片久那制作部長は渋ろうとする社長に、最低限あれくらいの回答をしないと、この先泥沼のような労働争議を抱える会社になるとか云って脅したんだろうな」
 均目さんが社長と片久那制作部長との間で行われたであろう遣り取りを想像するのでありました。まあ多分、そう云う話しも出た事でありましょう。
「でも、会社にあれだけの賃上げと一時金を出す余裕があるのは、事実よね」
 那間裕子女史が猪口を呷るのでありました。
「売り上げが落ちても、それをカバー出来るだけの社内留保が、未だたんまりあるんだろうな。俺達にはそんな事噯にも出さないで、会社が危ないと騒いで見せていたくせに」
 均目さんが舌打ちするのでありました。「一生懸命危機の演技をしていたけど、ここに来てあの回答でそれが嘘だった事がばれた訳だ」
「じゃあ、営業部の再編にしても、本当に必要だったんスかねえ」
 出雲さんが袁満さんの酌を両手で受けながら首を傾げるのでありました。
「そうだよな、今から考えれば単に俺達の危機感を煽って、一時金を出し渋った事の云い訳に、悪乗りの大騒ぎを演じて見せたと云うだけだったかもね」
 袁満さんが自分の猪口に手酌で酒を注ぎながら云うのでありました。
「でも営業部の再編と云うか、立て直しは、それとは無関係に必要な事よ」
 那間裕子女史は嫌にクールな目で袁満さんを見据えるのでありました。「効率とか生産性とか云う意味で、あたしが見ても生ぬるい感じだったもの」
 そんな那間裕子女史の指摘に袁満さんは苦った表情をして目を逸らすのでありました。即座に何か云い返したいところではあるものの、女史と自分の弁の巧拙とか頭の回転数とか、主に年齢差に由来するのであろう日頃の立ち位置の上下、それに自身の大らかさやら奥床しさ等に鑑みて、袁満さんとしてはここはグッと堪えるのでありました。
「でも営業部再編が一時金不払いを正当化するための後付けの単なる方便以上では無かったとしたら、それで会社を辞める羽目になった山尾主任は、その手ひどい犠牲者と云う風にも云えますよね。今となってはすごく気の毒なような気がしますけど」
 頑治さんが抑制気味ながら義憤に駆られたような口調で云うのでありました。
「そうだよな。別に会社を辞めるところまで追い込まれる筋合いは何も無かったんだ」
 袁満さんも大いに憤って見せるのでありました。
「でも山尾主任の場合、辞表を出すに当たっては個人的な理由もあったようだし」
 均目さんが袁満さんの憤りに水を差すのでありました。
「そうね。どちらかと云うとそっちが主だったような節があるわね」
 那間裕子女史も至極冷淡なのでありました。どうやら制作部のこの二人に関しては、同じ部署で仕事をしていてあれこれ思うところがあった故か、山尾主任に対しては然程の同情を寄せていないあっさりした態度のようでありますか。しかしまあそう云われると確かに、制作部に残っていたとしても山尾主任は早晩、均目さんの云うところの、個人的な理由、から会社を辞めていただろうなあと頑治さんは考えるのでありました。
(続)
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