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あなたのとりこ 294 [あなたのとりこ 10 創作]

「さて、最低ラインはさっき打ち合わせした額で良いかな?」
 袁満さんがそろそろ会合の締め括りに掛かるのでありました。この頃になってぼちぼち慣れてきた呼吸に依り全員が空かさず、異議無し、と声を合わせるのでありました。なかなかそれらしくなってきたものだと頑治さんは感心するのでありました。

 回答は社長室ではなく、三階事務所の中の出入り口脇の応接スペースで行われるのでありました。二つ並んだ一人掛けのソファーに社長と土師尾営業部長が座り、片久那制作部長はその横に袁満さんの事務机の椅子を出して腰掛け、社長を真ん中に両部長が脇を固めるような陣形でありました。対面する三人掛けのソファーには袁満さんを真ん中にして左に那間裕子女史、右に横瀬氏が並んで着席し、出雲さんの机の椅子には派江貫氏、それに均目さんと出雲さんと頑治さんが派江貫氏の座っている横に立つのでありました。
 木見尾氏は自社労組の回答指定日と重なっているので来ないのでありました。派江貫氏も同様でありましょうが、どうして贈答社の方に出席しているのか頑治さんには判らないのでありました。全総連本体の執行委員でもある事だし、派江貫氏の会社は組合員が多くて、敢えて派江貫氏がそこに居なくとも大丈夫なのでありましょうか。まあ兎も角、横瀬氏と派江貫氏と云う組合活動の手練れの参加は大いに心強いところではありましたが。
 先ず社長から回答書が出されるのでありました。それを最初に袁満さんが読み、それから続いて那間裕子女史に手渡され、その次には均目さんと云う風に先ずは従業員が各個に目を通してから派江貫氏に渡り、最後に横瀬氏の前に置かれるのでありました。
「内容については片久那部長が詳しく説明しますよ」
 社長は億劫そうに云ってから背凭れに上体を引いて、片久那制作部長に目でサインを送るのでありました。もうこれで自分の役目は終わったと云った風の態度でありました。
「それじゃあ先ず賃上げだけど、・・・」
 片久那制作部長が陰鬱な声で説明を始めるのでありました。「一律ベア六千円プラス定昇分四千円プラス勤続手当加算分三百円、と云う事になる。今迄は定期昇給分と云う名目ではなく、査定が絡んでいたので多少のデコボコはあったが、大体一歳増える毎に三千円から四千円が賃上げの中の定昇分と云う事二なっていたけど、これを全員一律に四千円と云う事にする。勤続手当と云うのも無かったけど、今後は勤続年数に応じて一年毎に三百円を加算する事にする。依って賃金式は十五万円に夫々の年齢から十八を引いてそれに定昇分四千円を掛けた額をプラスする額になる。つまり実際には居ないけど、十八歳の従業員が居るとすれば、その社員の賃金は十五万円になる訳だ。先ずここ迄は良いかな?」
 片久那制作部長は一気にそう説明して袁満さんの顔を上目に見るのでありました。片久那制作部長に一直線に顔を見られて、袁満さんは迂闊にも少し怯むのでありました。
「ええと、それは基準内賃金ですよね」
「云う迄も無く、そうだ」
 この片久那制作部長の返答は嫌に横着な物腰に聞こえるのでありましたし、それで袁満さんは益々たじろぐのでありました。
(続)
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