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あなたのとりこ 287 [あなたのとりこ 10 創作]

 均目さんのその言にはどこか、片久那制作部長には全幅の信頼が置けると云う均目さん個人の大前提があるように聞こえるのでありました。片久那制作部長が相手ならまともな議論や交渉が出来る筈だと云う安心感なのか、それとももっと別の片久那制作部長を信頼に足るとする何やらの根拠を持っているのかは良くは判らないながら。

 遂に組合結成迄漕ぎ付けたと云う感奮と、それから社長や土師尾営業部長に一矢報いて遣ったと云う満足感で、この後も暫く何時もの会合よりはかなり饒舌な総括は続くのでありました。最後に、回答日迄は社長や両部長が社員個々との話し合いを求めてきてもそれには応じず、話し合うなら全員でと確認してから散会となるのでありました。
 要求提出後は有給保証のストライキとなっているので、敢えて会社に戻る必要も無いものだから、横瀬氏を除いた社員全員で御茶ノ水駅近くの、前に時々会合を持った喫茶店で遅い昼食を摂るのでありました。ちゃんとした昼食を出すレストランや定食屋ではなく、長居が出来る喫茶店を選んだのは、未だ全員喋り足りていないからと云うのもありますが、心の隅の方に、大変な事を仕出かしたのだから一人になるよりもなるべく長く皆で寄り集まっていないと何だか心細い、と云う心理が働いていたためでもありますか。
「一応総括は終えたけど、これで後は有給の自由時間と云うのも何となく後ろめたい気がするから、これは総括の二次回と云う事にするか」
 袁満さんが各自注文を終えた後でそんな提案をするのでありました。「土師尾営業部長と片久那制作部長が未だ仕事をしているから、我々も気儘にコーヒー飲みながら遊んでいる訳ではないと云う体裁を取らないと、何だか申し訳無いような気がするし」
 なかなか殊勝な心掛けと云うところでありますか。
「どうせ両部長も社長も仕事どころではなくて、弁護士先生も交えてこれから先の対策に大わらわしているだろうから、そんなに後ろめたがる必要はないと思いますけど」
 均目さんが袁満さんの生真面目を軽くあしらうのでありました。
「対策と云ってもあたし達の要求に対する回答書を作る事がメインでしょう。社長や土師尾さんにはそれは荷が重いだろうから、これは片久那さんの仕事と云う事になるわね。社長と土師尾さんは今頃になって何やかやと考えて、オロオロしたり怒り狂っているだろうから、ま、結局のところ仕事に手を付けられるような状態じゃないだろうけど」
 那間裕子女史が痛快そうな笑みを浮かべるのでありました。
「土師尾営業部長は意外に大人しかったですね」
 この間すっと、捗々しい出番が無かった出雲さんが振り返るのでありました。出雲さんの出番が無かったのは、一番の若輩であるための遠慮と、自分如きが口出しするには色々混み入った話しの内容だと云う気後れからでありましょう。
「残業代の件を持ち出されて恥じ入っていたんだろう」
 袁満さんが云うのでありましたが、すぐに均目さんが首を横に振るのでありました。
「そんなしおらしいタマじゃないないでしょう。あの人は自己を省みるなんて云う心の運動性は持ち合わせていないですよ。逆に我々に対する怨念が先立ったでしょうね」
(続)
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