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あなたのとりこ 156 [あなたのとりこ 6 創作]

 山尾主任が皆を見回しながらそう続けると夫々は個々に頷くのでありました。その頷き方は一様に袁満さんと同じで陰鬱気でありましたか。

 喫茶店を出ると山尾主任は地下鉄丸ノ内線で、それに袁満さんは神保町駅まで歩いて戻って都営三田線で帰宅の途に就くのでありました。頑治さんと均目さんと那間裕子女史の三人は、那間裕子女史の提案で前に行った新宿のバーでちょっと飲みながら腹拵えをすると云う事で何となく一決して、西口改札から駅構内に入るのでありました。
「頼り無いったらありゃしないわね、山尾さんは」
 那間裕子女史はバーの四人掛けの席に落ち着いて、ジントニックで唇を湿らせながらぼやくのでありました。「何が、今後のため、よ」
 隣の椅子に座る頑治さんはミックスピザの一片を取ろうとして、自分に話し掛けられたのかと思って、手の動きを止めて那間裕子女史の顔を見るのでありました。
「確かに、今後のため、とか嫌に綺麗に締め括られてもなあ」
 那間裕子女史の向いに座る均目さんが同調するのでありました。
「この暮れのボーナスの確保とか増額なんて事、山尾さんは本当は始めから諦めているのかしらね。今度のボーナスはありませんと云われてそれを納得したり、微々たる額を支給されても結局その儘受け取ったりしたら、要するに全く向こうの思う壺じゃない。そんなんじゃあ今後のためにも何もなる訳が無いわよ。そう思わない、唐目君?」
 那間裕子女史は頑治さんの太腿を軽く叩きながら云うのでありました。嫌に狎れ々々しい仕草だと頑治さんは思うのでありましたが、酒豪の筈の那間裕子女史にしては未だ酔うにはちと早過ぎると云うものでありましょうか。
 しかもそうやって頑治さんの太腿の上に置いた手を、那間裕子女史はなかなか離そうとしないのでありました。これは一体どういう了見なのでありましょうか。向かいに座っている均目さんもその女史の手が気になっているらしく、頑治さんの太腿の上に載せられた女史の手甲をそれとなく窺い見ているようでありました。
「那間さんは何か案があるのですか?」
 頑治さんはなるべく、何となく不自然に自分に触れた儘の那間裕子女史の掌を気にしないような素振りで、横の女史の方に顔を向けるのでありました。
「そう改まって訊かれるとあたしにも妙案は無いんだけどさ」
 那間裕子女史はそう云いながら口元に手を添えてあっけらかんと笑うのでありました。その口元に添えるために動かした手が頑治さんの太腿の上の手であったから、そこでようやく頑治さんの太腿は那間裕子女史の手の重量から解放されるのでありました。
「まあ、対応としては難しいよなあ。そんな事今迄無かったんだから」
 均目さんの視線もここでようやく頑治さんの太腿から離れるのでありました。
「でも、あたしは大人しくボーナス無しの宣言に頷いたり、微々たる額を受け取ったりなんかしないわね。突っ返して再考してくれと云って会社を出て行くわ」
「那間さんならやりかねないかな」
(続)
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