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あなたのとりこ 338 [あなたのとりこ 12 創作]

「甲斐さんと一緒に飲むのは随分久し振りと云う感じがするなあ」
 一通りの酒や肴の注文を終えた後で、円卓の、甲斐計子女史の左横に座った袁満さんが愛想の心算で女史に話し掛けるのでありまいた。
「そうだよな。甲斐さんは滅多にこういう席には顔を出さないからなあ」
 袁満さんのそのまた左隣りの日比課長が、間に挟まった袁満さんの体一つ分を躱すために少し身を乗り出しながら、甲斐計子女史に向かって言葉を投げるのでありました。
「あたしは大体お酒が飲めない性質だし」
 甲斐計子女史は自分の前に置かれたおしぼりを取り上げて、何故か入念に掌や手甲や五指や指の股を拭きながらそう応えるのでありました。ちなみに頑治さんは偶々甲斐計子女史の右隣りに座を取ったのでありましたが、甲斐計子女史の手はそんなに一生懸命におしぼりで拭わなくてはならない程、事務仕事のためにインクとかで汚れているようには見えないのでありました。甲斐計子女史は実は結構な潔癖症なのかも知れませんが、普段の会社に居る時の様子からはそう云う風な気配は特には窺えないのでありましたけれど。
 ここで席次を記しておくならば、頑治さんの右隣が那間裕子女史、その右横に均目さんが座っていて、那間裕子女史は頑治さんと均目さんに挟まれた座に居るのであります。均目さんの右隣りが出雲さんで、出雲さんの右に座っているのが日比課長であります。別に意図があった訳ではなく、総勢七人はこのように着席して円卓を囲むのでありました。
 ビールと日本酒が運ばれて来て、甲斐計子女史は日比課長の差し出す徳利を断って、左隣の袁満さんからビールをコップに三分の一程注いで貰うのでありました。頑治さんが見たところ、甲斐計子女史は日本酒が殊の外駄目だと云うのではなく、日比課長から酌をして貰うのが嫌と云う風でありましたか。酒の好き嫌いを云うなら、甲斐計子女史は、飲めない性質、であるから日本酒もビールも嫌い、と云う事になるのでありましょうし。
 酒が皆に行き渡ると、初めから日本酒の日比課長以外はビールのコップを夫々前上方に差し出して、一斉に、と云う訳ではなく、何となくガチャガチャと銘々乾杯をしてから一口に及ぶのでありました。甲斐計子女史は中のビールが唇に僅か触れる程度にコップを傾けると、それをすぐに卓の脇に置いてその後は全く手を伸ばさないのでありました。
「あのう、ジュースとかウーロン茶とか、別に何か頼みましょうか?」
 他の連中が普段面子に加わる事が無いためか、甲斐計子女史の飲み物について放念している様子なので、頑治さんが気を利かせて甲斐計子女史に訊くのでありました。
「そうねえ、それならウーロン茶を貰おうかしら」
 それを聞いて頑治さんは早速、偶々近くにいたウエイターにウーロン茶を一杯持ってきてくれとオーダーするのでありました。
「有難う唐目君」
 甲斐計子女史はニンマリ笑って礼容を示すのでありました。
 その頑治さんに右脇からビール瓶を持つ手が差し出されるのでありました。これは那間裕子女史の手で、女史は酌をしてくれる心算のようであります。
「あ、どうも」
(続)
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