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あなたのとりこ 333 [あなたのとりこ 12 創作]

 甲斐計子女史の決断は片久那逢制作部長の勧めが大いに作用したのは云うまでもありませんし、甲斐計子女史としても片久那制作部長の言には一定の信頼を寄せているようであります。日比課長の方も直接の上司である土師尾営業部長よりは、片久那制作部長の方に信を置いているのは云うまでもない事でありましょうが、社長への遠慮の方がそれを上回って重大だと云う事でありますか。そうまで社長の存在を憚る日比課長の心根の程は、これは全く頑治さんには判らない辺りでありました。ひょっとしたら袁満さんがものすように社長に何か弱みを握られていると云う推察もあるかも、と云うところでありますか。
 それにしても社長や土師尾営業部長の姑息な悪巧みを、ほんの一発で易く粉砕出来る片久那制作部長の腕力と云うものは、これは今更ながら慎に以って侮り難いのであります。この人の会社に於ける存在感の大きさは、これはもう社長以下の誰よりも遥かに圧倒的なのでありました。そればかりではなく、この人を敵に回すととんでもない事になると云う恐怖を、作為も無く肌合いとして他者に感じさせてしまうのでありますし、その大いなる威厳なんと云うものは、一体全体この人の奈辺に根差しているのでありましょうか。
 大学時代は全共闘闘士だった、と云う経歴でありましょうか。それとも、何時も不愉快そうな面構えからでありましょうか。或いは体躯の大きさからでありましょうか。
 眼鏡の奥から放たれる眼光の強さでありましょうか。人に一を喋らせればその数歩先まで展開を見取って、先回り出来る頭の高速な回転速度でありましょうか。陰鬱気なその声でありましょうか。その声でものされる、人の云う事を絶対に聞きそうにない頑固一徹そうな喋り口でありましょうか。如何にも隙の無い、食えなさそうな骨柄からでありましょうか。或いはひょっとしたら、憎たらしい程の皮肉の鋭さからありましょうか。
 まあ兎も角、この片久那制作部長がすっかり社長の側に回らないでいてくれる辺りが、組合としては勿怪の幸いと云うところでありますか。かと云って万全の味方と云う訳にはいかないような辺りが穏やかならざる部分でもありますし、万全の味方になって組合に加入する等と云われるのも、これもなかなか御免蒙りたいところでもありますか。
 甲斐計子女史が組合に入ったので、組合の会計係は頑治さんから甲斐計子女史に移るのでありました。この移動は全く以って餅屋は餅屋の処置であります。依って頑治さんは出雲さんと同じ執行委員となるのでありましたが、これは格下げなのか格上げなのか良く判らないのでありました。ま、頑治さんは別にどちらでも良いのではありましたが。
 社長は偶に上の事務所に上がって来ると、何の蟠りも無い前同様の調子で甲斐計子女史にあれこれ仕事の話しや、あんまり感心出来ない下卑た冗談なんかを飛ばしたりして屈託なく笑っているのでありました。なかなかの狸でそうしているのか、それとも甲斐計子女史の平穏を惑乱させた事に対して本当に何の後ろめたさも無いのか、頑治さんにはその辺りは良く判らないのでありました。先天的に人の心を洞察する能力に欠けている、或いはその能力に重きを置かない傲慢さが濃い、と云う風にも考えられるのでありますが。
 甲斐計子女史の方はあれ以来、社長への不信感がいや増したのは尤もな事であります。それは言葉付きの無愛想や態度のすげなさで充分察せられるのでありました。如何にもあからさまな風ではないけれど、社長を疎む意は充分発散しているのでありました。
(続)
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