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あなたのとりこ 298 [あなたのとりこ 10 創作]

「まあ確かに、一回目の交渉であっさり妥結するのはどんなものかな」
 派江貫氏が頷くのでありました。「満額回答と云うのならそれもあるけど」
「じゃあ、差し戻して再回答を要求するかい?」
 袁満さんが云うとここは全員で、異議無し、と声を合わせる事は無いながら、その方が色んな意味で無難かなと云った曖昧な同意の気配が立ち込めるのでありました。「それから再回答を要求するとしても、その要求をするだけのこちらの明確な理由は?」
「兎も角賃上げ額にはどうしても納得いかない、と云うんで良いんじゃない」
 那間裕子女史が応えるのでありました。
「その前に、回答に一定の誠意は感じられるけど、と云う枕詞を入れた方が良いんじゃないかな。鮸膠も無く突っ返すより、その方がこちらの誠実さみたいなものも表れるし」
 均目さんが突っ返し方の細かいところを注意するのでありました。
「時短に付いても、世間の趨勢を考慮してもう少し考えてくれとか付け加えると、如何にも自分達が金の事ばかり云っているんじゃないような感じが出るんじゃないっスか」
 珍しく出雲さんが指名もされないのに意見を云うのでありました。
「ああ、成程ね」
 袁満さんが納得の頷きをするのでありました。「じゃあ、あんまり長く向こうを待たせるのも良くないから、今回はそう云う事で返答して、記念すべき第一回目の交渉を終わらせるかな。そうなると次の回答指定日はどうする?」
「前に打ち合わせた通り、一週間後で良いんじゃないですか」
 均目さんが受け応えるのでありました。
「それじゃあ、まあ、そう云う線で」
 袁満さんのその言葉で倉庫での打ち合わせは切り上げとなるのでありました。

 三階の事務所に戻ってみると社長と土師尾営業部長は何やら話しをしていて、組合員が入って来るのを認めると急に口を閉じるのでありました。片久那制作部長は二人とは無関係と云った風に、黙って回答書のコピーに目を落としているのでありました。
「下で協議した結果ですが、・・・」
 全員が元通りの席に着くと袁満さんが代表して喋り出すのでありました。「示された回答に一定の誠意は感じられますけど、矢張り同一年齢同一賃金の原則で他の組合と比較すると、賃上げの額には未だかなり不満が残ります。我々が企業内単独組合ではなく、全総連と云う労働組合の連合体に加盟して活動するのも、同業他社並みの賃金水準を獲得していくためなのですから、今回の回答では妥結と云う訳には到底いきません」
 枕詞もちゃんと入っているし、きっぱりとした云い方も及第点と云うものであります。それに文言も特に申し合わせしてはいなかったのでありますが、咄嗟の機転かどうか全総連と云うバックを押し出して、贈答社の労組が全国規模で他社労組と連携している点を念押しした辺りなんか、なかなか袁満さんもやるものであります。頑治さんは勿論、他の皆もそんな袁満さんの委員長としての手際をここで大いに見直したでありましょう。
(続)
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