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あなたのとりこ 290 [あなたのとりこ 10 創作]

「何だいそれは?」
 上がり込んだ夕美さんはそう訊く頑治さんに、無言でバッグのジッパーを開けて中からネコのぬいぐるみを取り出すのでありました。
「頑ちゃんの見張り役よ」
 夕美さんはぬいぐるみを胸に抱いて頑治さんの方に目を向けるのでありました。
「見張り役?」
 頑治さんは夕美さんに抱かれたネコのぬいぐるみに顔を近付けるのであました。「そのネコが、俺を見張るのかい?」
「そう云う事」
 夕美さんは立ち上がってぬいぐるみを本棚の一番上の段に乗せるのでありました。這い蹲ったネコが顔を部屋の方に向けて頑治さんを見下ろしているのでありました。
「夕美が帰郷した後、こっちで一人になった俺が悪さをしないかどうか見張るのかな」
「そう。特に浮気の」
 夕美さんは頷いてから頑治さんにやや鋭角な視線を送るのでありました。そんな目をされても、頑治さんにしたらこれまで浮気のうの字もした覚えが無かったから、全く以って心外であると云う顔をして見せるのでありました。
「心配だから、まあ、万が一のためよ」
 その夕美さんの言は、万が一、と云う言葉で頑治さんへの信頼を表しているのか、それとも、男なるものは須らく隙さえあればすぐ浮気をしたがる生き物だと云う、女なるものの一般的普遍的猜疑を表したものなのか頑治さんには良く判らないのでありました。
「これ迄だって俺は浮気なんかした事は無い筈だけど」
 頑治さんがやんわりと抗議すると夕美さんは疑わし気な目をするのでありました。
「本当? そう断言出来るのね」
 改めて訊かれると全く身に覚えが無いにも関わらず、頑治さんはどうしたものか少々の狼狽を覚えるのでありました。同時にその狼狽える自分にたじろぐのでありました。
「天地神明に誓って」
 頑治さんは気持ちの波浪を隠して片手を挙げて宣誓の真似をするのでありました。
「ふうん。まあ、良いや」
 夕美さんは頑治さんの宣誓をあっさりあしらって、その後それ以上の追及はしないのでありました。覚えも何も全く無いと云うのに、ひょっとして竟々狼狽えた自分を看破されたとしたら、これはもう間尺に合わない事甚だしい失態と云うべきものであります。
「そのネコはね、六年前にこっちに出て来る時に持ってきた物なのよ」
 夕美さんは頑治さんの焦燥を意にも留めないで穏やかに回想するのでありました。「高校三年生の時に玩具屋の店先で見付けて、何となく買っちゃったの。弥生時代の土器片とか農耕用具の木片とか、貝殻とか素焼きの棺とかその中の人骨とか、そんなのばかり相手にしている自分が、全く女の子らしくないような気が、そのネコを見付けた時に急にしてきたものだから、それで何か妙に自分に苛々してきて、衝動的に買っちゃったのよ」
(続)
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