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あなたのとりこ 281 [あなたのとりこ 10 創作]

 人間が多い方が確かに頼もしくはあるし意気込みも経営側に示せるでありましょう。しかし頑治さんは何となく、この人数の動員に尽力した派江貫氏に、申し訳無いながら、一種の押し付けがましさをも同時に感じて仕舞うのでありました。

 街宣車が駐車場前にそろりと泊まるのでありました。一般の通行を妨げないように動員された約百人の労働組合員達は街宣車の左右と道の反対側に分かれて立つのでありました。その陣形は派江貫氏が如何にも慣れた様子で手際良く指揮誘導するのでありました。
 十一時十五分丁度に街宣車上の派江貫氏の手に持つラウドスピーカーのスイッチが入れられ、先ず耳障りなハウリング音が辺り一面に響くのでありました。派江貫氏の横に立っている頑治さんは思わずその金属的な音に眉根を寄せるのでありました。
「お茶の水、神保町近隣に働く労働者同志の皆さん!」
 派江貫氏が大音声を放つのでありました。「本日、この車両の後ろのビルにある、低賃金と過酷で抑圧的な労働環境の下にあった株式会社贈答社の同志達は、自分達の生活と尊厳を守るため、そして、的外れで悪辣な恫喝を繰り返すだけで、明確な会社の将来展望を何ら示せない会社経営に対峙するため、ここに全総連の旗の下、闘争的労働組合を結成し、今正に、労働者の正統な権利をかち取るための団体交渉に断固臨んでおります」
 大まかには誤謬は無いにしても、しかし、いやはやこれはまた如何にも剣を大上段に振りかぶったような演説の始まりであります。自分達が当初組合を創ろうとした気持ちの温度とは、この表現は少し乖離があるように頑治さんには思われるのでありました。まあ、景気付けの大袈裟な第一声であるのは理解出来るとしても。
 それに確か、結成会議の初めの頃に会社の実情とか社長や両部長の立場や人柄等を、そのキャラクターも含めて縷々説明した折には、従業員の賃金面でも待遇面でも贈答社は、全総連加盟の争議を抱えている他社に比べれば、まあ確かに平均よりは低いレベルではあるものの、そんなにとんでもなく酷い状況にある訳ではないし、社長や両部長が無能かも知れないけれど、目に余る程の悪辣非道な搾取や仕打ちをしている訳でもなさそうだと、横瀬氏も派江貫氏も感想を述べていた筈であります。その派江貫氏の同じ口から平気でこのような第一声が飛び出すと云うのは、頑治さんにしたら何となく面食らうような、身体現象としては、尻の辺りがムズムズするような、そんな心持ちがするでありましたか。
 派江貫氏のこの第一声の後には、空かさず一斉に参集者の、良し、と云う発声と拍手が沸き起こるのでありました。何やら約束通りの、派手なお祭り騒ぎを演じていると云った様相であります。車上の頑治さんはその雰囲気にどことなく馴染めずに、モジモジと前に組んだ手の指をせわしなく、且つ目立たぬように微動させているのでありました。
 派江貫氏のアジ演説が終わると、これは後で挨拶を交わした時に知れたのでありましたが、全総連の中央委員と云う肩書きの人が派江貫氏からラウドスピーカーを手渡されて激励の演説を一席打つのでありました。その後に頑治さんが決意表明と参集への謝辞で居並ぶ大向うのご機嫌を伺って、参集者全員で派江貫氏の音頭の下、団結ガンバロー、のユニゾンの大合唱でこのお祭り騒ぎ、いやいや、社前集会は締め括られるのでありました。
(続)
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