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あなたのとりこ 269 [あなたのとりこ 9 創作]

「夕美が故郷に帰ったら、それで二人の仲は事切れと云う事じゃないんだ」
「勿論よ、少なくともあたしは」
「俺だってこれですっかりさようならと云うのは絶対嫌だし」
「だったらそうやって、この後もずうっと二人の関係を続けて行こうよ。この世の中には電話と云う利器もあるんだし、手紙と云う手段だってあるし、遠くに離れていたって二人が繋がる手立ては幾らでもあるわ、少しの不自由を我慢すれば」
 夕美さんの目に懇願の色が浮くのでありました。こうなると頑治さんとしては益々夕美さんへの愛おしさが募り募ると云うものでありますか。
「遠距離恋愛、と云うやつだな」
「そうね。そう云う仲も世の中では普通に成立しているようだし、そんなに稀な例でもなさそうだしね。でもそれがずっと続くのはちょっと困るけど」
「何か急に展望が開けたような気がする。そうやって離れても、俺達の仲が途切れる事はなさあそうだし。夕美が帰郷して、それが二人の別れだとばかり考えていたから」
「そんなヤワな関係を創って来た心算はないもの」
 夕美さんは頼もしそうに頷くのでありました。こうなるとあの松葉占いは無意味な仕業であったなと、頑治さんは心の内でニンマリと笑いながら舌打ちするのでありました。
 夕美さんは頑治さんなんかよりも遥かに大度で、柔構造の、しなやかで且つ強靭で、したたかでもある芯を持った人間のようであります。頑治さんとしては完全に畏れ入ったと云うところでありますか。大きくて強固そうに見えていた懸念がみるみる薄まったと云う少なからぬ安堵で、夕美さんの事を大いに見直している頑治さんでありました。
「頑ちゃんは、東京の生活を切上げて郷里に帰る、と云う選択肢は持っていないの?」
 夕美さんがほんの少しの間を取ってそんな事を訊くのでありました。
「そう云う事も考えない訳じゃないけど、でも現実感は無いかな」
「無神経な云い方になるけど、こっちに留まっている明快な意味はあるのかしら?」
「今ようやくこっちで仕事にありついたばかりだしねえ。・・・」
 頑治さんはそう云いながら夕美さんの質問にたじろいでいるのでありました。そんな事を云ってしがみついている程今の仕事が自分にとって、天職とは云わないまでも、やりたかった仕事でありましょうか。これ迄口に糊するためだけでやってきたその場凌ぎのアルバイトと、一体どれくらいの違いがあると云うのでありましょう。
「頑ちゃんはこっちで何がやりたいの?」
「何だろうかなあ」
 頑治さんの応えは曖昧にしかならないのでありました。
「こっちに居ないとやりたい事がやれない、という訳じゃないのなら、こっちでの生活をきっぱり清算して、向こうに帰って仕事を新たに見付けても良いんじゃないかしら?」
「それはまあ、そうだけど」
「ならばどうして、帰郷すると云う選択肢に現実味を感じないのかしら?」
 夕美さんは頑治さんの困じた顔を覗き込むのでありました。
(続)
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