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あなたのとりこ 253 [あなたのとりこ 9 創作]

 均目さんが頑治さんの傍に遣って来るのでありました。
「何だか急展開だな」
 均目さんはやや上擦った声で話しかけるのでありました。
「そうでもないだろう」
 頑治さんは陰鬱な声で応じるのでありました。「遅かれ早かれこうなるだろうとは予想していたじゃないか、均目君も俺も。違うかな?」
「まあ、そうだけど。・・・」
 均目さんは眉根を寄せて頑治さんから視線を外すのでありました。丁度そこで出入口のドアが開いて、袁満さんが慌てた様子で入って来るのでありました。
「いやあ、人身事故で電車が止まって仕舞って参ったよ。遅刻だ遅刻、・・・だ」
 袁満さんは自分の呑気そうな声が事務所内の重苦しい空気に溶けないのに気付いて、戸惑ったように語尾を窄めるのでありました。見ていると、席に着いた袁満さんに出雲さんが今ここで起きた事件について小声で説明をしているようでありました。
 電話が鳴るのでありました。
「ああ、日比さん」
 受話器を取った甲斐計子女史の声が妙に大きく響くのでありました。電話の様子で、得意先に直行した日比課長が、先方で待ち合わせる手筈になっていた山尾主任がちっとも現れないので、どうかしたのかと確認の電話をしてきたようでありました。こちらも甲斐計子女史が今さっきの事件について日比課長に説明しているのでありました。
「思っていたより追い詰められていたと云う事かな」
 均目さんが声を潜めて頑治さんに云うのでありました。
「まあ、そうかな」
 頑治さんは向かいの席の甲斐計子女史の手前、多くを語らず曖昧に返事するのでありました。そんな頑治さんの一種の用心を察して均目さんは頑治さんに、後で、と云うような目配せをしてからマップケースの向こうの制作部スペースに戻るのでありました。
 また電話が鳴って、今さっき日比課長からの電話を切った甲斐計子女史がまた受話器を取るのでありました。これは取引先からの仕事の電話のようで、土師尾営業部長が席を外しているので後程こちらから電話をかけ直すとか応答しているのでありました。立て続けにもう一本電話の呼び出し音が響くのでありましたが、これには袁満さんが出るのでありました。ようやく何時もの朝の事務所の風景に戻ったと云う感じでありますか。
 頑治さんは席を立って倉庫の方に向かうのでありました。事務所のドアを押し開けて前の階段を二階と三階の踊り場迄下りた時に、下から階段を慌てて駆け上がって来る那間裕子女史と出くわすのでありました。例に依って大幅な遅刻であります。
「お早いお着きで」
 頑治さんは冗談口調の皮肉を以って朝の挨拶に代えるのでありました。
「今日は珍しく早起きして家を出たんで間に合うと思ったんだけど、こういう日に限って人身事故で電車が遅れるのよ。全くついていないわ」
(続)
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