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あなたのとりこ 223 [あなたのとりこ 8 創作]

 頑治さんは元々、給料とか待遇は特に高望みはしないけれど、その日の内にその日の課業が完結するような小難しくない仕事で、格式張った服装をしなくて済む比較的社風ののんびりした、冗談や洒落の判る上司の居る、あんまりこの先発展しそうにないながらもしかし、なかなか堅実に続いて行きそうな会社、と云う希望を以て就職先を探したのでありました。その希望と現状は何やらかなりズレてきていると云うのに、この先これ迄以上に七面倒臭い仕事を仰せつかるのは、これはもう、初志に反すると云うものであります。
「しかし俺としては業務仕事の方が性に合っているんだけどなあ」
「でも、制作部に移る方が給料が上るぜ」
 確かに制作部の三人は基本給自体が営業や業務や経理よりも多いのでありました。
「それはまあ、そんなに重大事には考えていないから」
「何と云うか、欲が無いなあ、唐目君は」
 均目さんは呆れ顔をするのでありました。「まあそう云う風に何事にもガツガツしていないで、あっさりしている辺りが唐目君らしいと云えばらしいかな」
 この均目さんの言葉は、一種の褒め言葉として受け取って良いものか、それとも哀れみの籠められた言葉なのかは頑治さんには良く判らないのでありました。

 頑治さんは時々、那間裕子女史と均目さんと三人で昼食を共にする事があるのでありましたが、その日は丁度均目さんが午前中からすっと外に出ていたので、那間裕子女史に誘われる儘会社近くの日貿ビルの地下に在る中華料理屋に二人で入るのでありました。ここは本場四川料理の名店を謳う少々お高い店でありましたが、那間裕子女史が驕ってくれると云うので頑治さんはその尻に付いてノコノコ階段を降りるのでありました。
 昼食時には日替わりで五点の料理が揃えてあり、それに飯と中華スープでランチと云う形式でありました。二人は蟹玉と海老チリソースそれに麻婆豆腐の三点を注文するのでありましたが、他にその日は青椒肉絲と鳥の唐揚げと云うラインアップで、本場四川料理と謳う割に麻婆豆腐以外はそれに合致しないように頑治さんは思うのでありました。ま、ランチのメニューは別で、よくある一般的に知られた中華料理と云う事でありましょう。
「山尾主任は今頃、グアムでの結婚旅行を楽しんでいるでしょうかね」
 頑治さんがそんな事を訊くと那間裕子女史は一つ鼻を鳴らすのでありましたが、それは山尾主任の挙行したグアムへの結婚旅行を侮蔑する心算で発せられたのではなく、うん、と云う返事をしようとして些か余計に鼻腔に掛かったために、まるで鼻を鳴らしたように聞こえたもののようでありました。女史自身が全く意図もしなかったそのような自分の返事の仕様に自分で少したじろいだようで、繕うような笑い顔をするのでありました。
「帰って来た後の自分の処遇や新しい仕事に対する不安で、とても楽しめるような気分じゃないでしょうね。酷いタイミングでそれを発表したものよ、全く片久那さんは」
「まあ山尾主任を営業にコンバートしたのは土師尾営業部長の考えでしょうけど」
「そうでもないんじゃない」
 那間裕子女史はここで正真正銘に鼻を鳴らすのでありました。
(続)
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