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あなたのとりこ 220 [あなたのとりこ 8 創作]

「何が入っているんだい?」
 頑治さんは旅行カバンの方を差し上げてそれに目を凝らすのでありました。そうしたからと云って別に中が見える訳ではないのでありますが。
「カバンの方はあたしの衣類とか色々。紙袋の方にはこっちで配るお土産とか、向こうで預かって来た親戚に届ける物とかが入っているの。駅に見送りに来て、その場で誰彼に渡してくれって急に頼まれるから正直困るのよね」
「紙袋の重さからすると、大勢に盛大に見送られてきたってところかな」
「何だか知らないけど、誰かが東京に行くとか、まあ、列車で旅行に出るとか聞くと、ウチの両親は元より、親戚の伯母さんとか従妹なんかがが見送りに来るのよ。結構頻繁に行き来しているんだから、今時そんなのあんまり意味が無いと思うんだけどね」
「まあ、田舎の昔からの風習と云うものだろうなあ。旗とか幟振って、餞別を一杯出して集まった皆で万歳三唱して、盛大に送り出すのが礼儀作法だと云う風に思っているところが未だあるはあるな。田舎の人間の素朴さと云えばそうとも云えるんだろうけど」
 頑治さんは車窓の夕美さんがホームに居並ぶ大勢の参集者から見送られて、戸惑いながらお辞儀している風景を想像して、何となく可笑しくなって笑むのでありました。
「届け物係として丁度良いからよ。そんなの郵便局から小包とかで送ればいいのに、送料をケチる魂胆よ。あたしは走り使いじゃないって云うの」
 こうやって憤慨して見せるところを見ると夕美さんは駅で急に手渡された荷物の多さ、或いは重さにげんなりだったのでありましょう。まあ、荷を託す方も託される方の負担にはうっかり気が回らないところはあるにしろ、特段の悪気があっての事ではないでありますか。しかしだからこそ、余計に始末に困るとも云えるでありましょうけれど。
「ああそうそう、頑ちゃんのカルメ焼きもその中に入っているわよ」
 夕美さんは旅行カバンの方を指差して見せるのでありました。
「ああそう。それは有難う」
 頑治さんは嬉しそうな笑みを夕美さんに向けるのでありました。
「こうして頑ちゃんの笑い顔を見ると、郷里に帰っている時よりもホッとするわね」
 夕美さんも笑い掛けるのでありました。そう云う事を云う辺りを見ると、ひょっとしたら夕美さんは修士課程を終えた後、郷里に帰って博物館か高校に職を求める事を止して、東京に残って博士課程に進む道を選ぶ決心をしたのではないだろうかと頑治さんは期待を込めて竟、お先走りの読み等をして仕舞うのでありました。
 この後二人は何処にも寄り道しないで、中央線と小田急線を乗り継いで夕美さんのアパートに向かうのでありました。確かに荷物係が居なかったら夕美さん一人で、デイパックと旅行カバンと紙袋を持ってこの路程を移動するのはしんどかったろうと頑治さんは想像するのでありました。まあ、それならそれで夕美さんは何とかしたでありましょうが。
 頑治さんが夕美さんのアパートを訪れるのは稀なのでありました。夕美さんの親戚の家に近いので、頑治さんが出入りしている姿を見られるのは何となくマズいと云う理由であります。頑治さんにも一人暮らしの女性の部屋を訪う事への気兼ねもありましたか。
(続)
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