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あなたのとりこ 210 [あなたのとりこ 7 創作]

「勿論それは当然の言葉だ」
 片久那制作部長は山尾主任に向けていた視線を下に落とすのでありました。「営業部長の仕事振りに関しても色々改善すべきところはあるし、この自分の仕事に関しても反省点はある。しかし今日は再三云っているように人事の件が主題だ。その話しをし出すととても時間が足りなくなるから、今日のところは勘弁してくれるか」
 自分の仕事振りに改善すべきところがあると云われた時に、土師尾営業部長が眉間に皺を寄せて横の片久那制作部長の方を窺いながら小さな身じろぎをするのは、その言に異議がある故の反発からなのか、或いはそう云われて確かに身に覚えがあると緊張した故なのかはよく判らないのでありました。人柄から察すると、前者でありましょうけれど。
 しかし片久那制作部長の威厳に気圧されて反論も吐けないようでありました。ここで異を唱え出すと片久那制作部長が血相を変えて、自分に対して怒声を浴びせて来るかも知れないのを小心に恐怖したのでありましょう。土師尾営業部長は何か云いた気に唇をモゴモゴと動かすのでありましたが、まあそれが精々の反発の仕草でありましょうか。
「お二人に関しての、今提示された我々の人事や配置の変更を、我々が受け入れるに足るような、と云うのか、ちゃんと納得が出来るような仕事の遣り方や管理の在り方の具体的な改善策を、今日とは云わないけれど、また別の機会に示してくれるのですね?」
 山尾主任も片久那制作部長の威に気押されている気配はあるものの、しかし片久那制作部長の事物に対する公平感覚や信頼感を頼りに、ここは引かないのでありました。
「勿論そうする心算だ。山尾君達だけに責を押し付けるような真似はしないよ」
 片久那制作部長はこれ以上無いと云った真面目な顔付きをして、山尾主任の目を凝視しながら一つ頷くのでありました。自分に対する山尾主任、或いは他の全社員の畏れとか心服とか依頼心とかの心情を充分弁別していて、それをここで最大活用しているような、一種芝居じみた顔付きのように頑治さんには見えるのでありました。まあ、だからと云ってそれを殊の外不愉快に感じたと云う訳ではないのでありますが、ただ、自分とは全く異なる人種であるのだろうなあと云う疎遠観みたいなものは強く感じるのでありました。
「判りました。その改善策が早く出て来る事を望みます」
 山尾主任はどうせこれ以上、片久那制作部長には逆らえないと観念したように意外にあっさりと云うのでありました。「しかし僕が、或いは僕等が、この場で今示された人事や配置転換をおいそれと受け入れると云う訳ではありませんよ。考えさせては貰うけど」
「あれこれ考える迄も無く、受け入れなければ君等に将来は無いよ」
 すっかり場のヘゲモニーを片久那制作部長に奪われて、隅に置かれたような格好で居た土師尾営業部長がここで俄かに、無神経な自己の存在主張をし出すのでありました。
「将来は無い、とはどう云う事ですか」
 山尾主任がすぐに目を怒らせて突か掛かるのでありました。「要するに、若し受け入れないのならば、会社を辞めろと云っているんですか」
「そう云う事だって、まあ、あるかも知れない」
 ここで片久那制作部長の遠慮の無いやけに大きな舌打ち音が響くのでありました。
(続)
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