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あなたのとりこ 203 [あなたのとりこ 7 創作]

「人事の事以外にあるかな」
 片久那制作部長は土師尾営業部長の顔にそこで視線を向けるのでありましたが、その眼相に恐れをなしたかのように土師尾営業部長は慌てて視線を逸らして、俯いて手に持つ紙を見るのでありました。手が心なしか震えているように見えるのでありました。
「では先ず、制作部の山尾君ですが、・・・」
 土師尾営業部長はまた丁寧口調に戻って先を続けるのでありました。「特注営業の梃入れと云う事で、好都合にも制作の過程や原価とかを把握していると云う今迄の経験を生かして、二月からは営業部の方に移って貰いたいと思っています」
 そう云われた当の山尾主任はどこか他人事のような無表情でありました。云われた事がどう云う事なのか即座に呑み込めないと云った様子であります。寧ろ離れた処に座って居た那間裕子女史の方が困惑したように小さな唸り声を発するのでありました。その唸り声のために俄かに我に返ったのか、山尾主任の顔にようやく表情が戻るのでありました。
「営業部に移るのですか?」
 山尾主任は先ず土師尾営業部長を、それから片久那制作部長を見るのでありました。
「そう。山尾君なら先方との話しの中で、すぐに見積額とか納期の話しが出来るだろうから話しがスムーズになる。これからは営業の即戦力として意欲的に活躍して欲しい」
 土師尾営業部長が仕儀の説明をするのでありました。山尾主任は土師尾営業部長に説明されている間も、片久那制作部長の顔の方に視線を向けているのでありました。
「その話しは制作部長も納得されているんでしょうか?」
 山尾主任は土師尾営業部長にではなく、片久那制作部の方に目を据えた儘で訊くのでありました。興奮と動揺のためか、声が心なしか尖っているのでありました。この提案は山尾主任にとって全く寝耳に水と云うところでありましょう。
「当然、納得しているよ」
 片久那制作部長は陰鬱気に眉根を寄せて、眼鏡の奥の目を山尾主任から逸らすのでありました。山尾主任の配置異動に関して何となく心苦しさがあるようであります。
「詳しい説明が欲しいですね」
 山尾主任は片久那制作部長のつれない対応に不信と憤懣を覚えたようでありました。
「経緯とかは後で、差しで話すよ」
 片久那制作部長は瞑目するのでありました。この場ではそれ以上喋らない心算のようであります。頑として口を噤むといった了見か、取りつく島も無いような顔であります。
「勿論、嫌ならそう云ってくれればこちらも再考する用意はある。但しここですぐにではなく、一度じっくり考えてからにして貰いたいけどね」
 土師尾営業部長が横から言葉を挟むのでありましたが、山尾主任はそちらには一顧も呉れず、自分と目を合わせない片久那制作部長の方に目を釘付けているのでありました。
 暫くしめやかな緊張の時間が場に重く沈殿するのでありました。
「それから出雲君だけど、・・・」
 土師尾営業部長がどこか無神経そうに泥んだ重い空気を掻き乱すのでありました。
(続)
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