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あなたのとりこ 199 [あなたのとりこ 7 創作]

「そう云う事なら」
 夕美さんはあっさり頑治さんの厚意に甘える気になったようであります。「多分東京の叔母の家とかその他に、こっちの親類から預かったお土産とか届け物があれこれあると思うから、荷物が多くて大変になると思っていたの。来てくれたら本当は大助かりよ」
「そう云う事なら張り切ってお迎えに参上いたしますぜ」
 頑治さんはここが忠義の見せどころと意気込みを見せるのでありました。
「頑ちゃんにもお土産買って行くけど、何か希望はある?」
「夕美が無事に戻って来るのが何よりのお土産かな」
 頑治さんはそんな冗談を調子良く飛ばすのでありましたが、まあ、冗談は二分で八分方は本心ではありましたか。「そいで以って序に、玉川デパートの中に在る甘屋本舗のカルメ焼きでも貰えたらこんなに嬉しい事は無いかなあ」
「そんなので良いの?」
「小学校の頃からあれが何より好きだったんだよ」
「ふうん。判ったわ、カルメ焼きね」
「そう。甘屋本舗の」
「はいはい。甘屋本舗のカルメ焼きを買ってくるわ」
 電話越しにそんな他愛もない会話を交わしながらも、頑治さんはふと懸念を抱くのでありました。それは夕美さんのお母さんの病気が、ひょっとしたら夕美さんの今後の進路を決定する重大な要因になるのではないかというものであります。何やら事態は少し複雑な陰影を増し始めたような気配がするのでありました。

 新年早々に会社の中で人の配置を変える提案が持ち上がるのでありました。それは降って湧いたような唐突な提案で、労働組合結成にかまけていた社員の間に少なからず動揺が起こるのでありました。その中でも一番動揺したのは山尾主任でありましょうか。
 五日の初出社日の終業一時間程前に倉庫で梱包作業をしていた頑治さんは、土師尾営業部長から上に上がって来るようにとの指示を内線電話で受け取るのでありました。急ぎの発送仕事が出来たのかと思って事務所に上がると、出入り口奥の応接ソファーの辺りに社員全員が集合しているのでありました。何やら妙に深刻な雰囲気であります。
 二つ並んだ一人掛けのソファーに土師尾営業緒部長と片久那制作部長が座り、対面する長ソファーに日比課長、真ん中に山尾主任、それから袁満さんと窮屈そうに三人並んで腰をかけて、どこか居心地悪そうな面持ちで畏まっているのでありました。袁満さんと出雲さんの机は応接ソファーを背後にする位置にあるのでありますが、袁満さんの席に那間裕子女史が座り、出雲さんの席には均目さんが座っていて、椅子をくるりと回してソファーの方に体を向けているのでありました。出雲さんと甲斐計子女史は出雲さんの机の横の通路スペースにどこか体を斜にしたような雰囲気で無表情で立っているのでありました。
 立っている出雲さんの横に頑治さんが並ぶと、土師尾営業部長が社員全員打ち揃ったのを確かめるように一同を見回すのでありました。こちらも嫌に深刻顔であります。
(続)
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