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あなたのとりこ 163 [あなたのとりこ 6 創作]

「時間とか変更があるようなら電話するわ」
「判った。まあ、その前にもこっちから特に用は無くとも電話すると思うけどね」
 頑治さんは自分のこの云い草が、その気は特に無かったのに甘えた調子になったような気が、云った直後にして少しきまりが悪いような心持ちがするのでありました。
「うん。じゃあ、土曜日」
 夕美さんはそう云ってから、切るのを躊躇うようなほんの少しの間を置いた後に、耳にしていた受話器を静かに掛け台の上に置くのでありました。
 考えてみればこの暮れのボーナスてえものは、通常通りに支給されたとしても、元々頑治さんはほんの少ない額しか貰えない筈であります。或いは規定によりひょっとしたら頑治さんにボーナスは出ないかも知れないのであります。出ないか、或いは出ても皆と違ってほんの少額であろうと云うのに、満額を貰えないと憤る山尾主任以下の従業員達と一緒になって憤怒する謂れ等は、自分には無いような気がするのでありました。
 頑治さんが他の先輩従業員達との会合に顔を出すのは、まあ、云ってみればお付き合いと云う以上の意味は見出せない訳でありますか。自分の益にもならないものに意に背いて時間を割かなければならないと云うのは、慎に以って不条理と云うものであります。しかも夕美さんとの逢瀬の時間を割かなければならないとなれば、これはもう、不条理中の不条理、不条理の主席代表みたいなものと云うべきではありませんか。
 電話を終えた後に頑治さんはそんな事を考えるのでありました。頭の中に陰鬱な霧が立ち込めるのでありました。しかしまあ、それを力を奮って何が何でも振り払おうとする程に、頑治さんは我利優先の人でも尊大な人でもないのでありましたけれど。

 この会合の次の日、どうしたものか山尾主任は会社を休むのでありました。朝一番に本人から有給休暇申請の電話が入って、それを早く来ていた甲斐計子女史が受けて、出社して来た片久那制作部長に伝えるのでありました。片久那制作部長は全く事務的にそれを聞いて、一つ頷いてからその後は昨日来の自分の仕事に取り掛かるのでありました。
 昨日の会合で山尾主任なりに疲かれ果てて、ストレスから体調を崩したのでありましょうか。いやしかし、あんなくらいで精魂尽き果てる筈はないでありましょう。若しそう云う事であるのなら、それは幾ら何でも余りに頼り無さ過ぎると云うものであります。
 と云う事はその日の終業後に予定していた従業員会合はお流れになるのかしらと頑治さんは内心ホッとするのでありました。しかしそうは問屋が卸さないのでありました。
 そろそろ昼休みと云う時間になって今度は袁満さんから電話が入るのでありました。袁満さんはその日は信州出張の代休を取っていたのでありましたが、夕方からの従業員会合には億劫でありましょうが出て来る予定になっているのでありました。
 その電話には偶々均目さんが出たのでありました。袁満さんに依れば、何でも山尾主任から袁満さんの家に午前九時頃電話があって、その日の従業員会合は予定通り開催してくれとの指示を伝言されたと云う事でありました。袁満さん同様、山尾主任も議長格の責任から、体調不良を押して喫茶店での従業員会合には出て来る了見のようでありますか。
(続)
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