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あなたのとりこ 161 [あなたのとりこ 6 創作]

 結局新宿駅まで一緒に歩いて、頑治さんは二人とは反対方向に向かう中央線の電車に一人乗るのでありました。どうしたものか電車は空いていて頑治さんは座席に座る事が出来たのでありました。頑治さんは前方斜め下にある自分の太腿を見るのでありました。ずっとそこに載せられていた那間裕子女史の掌の感触が消え残っているのでありました。

 本郷のアパートに帰り付くと頑治さんは酒に火照った頬を持て余しながら電話の受話器を取るのでありました。指が浮腫んでいてダイヤルが回しにくいのでありました。
「もしもし俺だけど」
 勿論電話の相手は夕美さんでありました。
「どうしたの、こんな遅い時間に」
 そう云われて頑治さんは腕時計を見るのでありました。十二時を回っていて、確かに急用でもない電話をかけるには一般的に不謹慎な時間でありましたか。
「いやまあ、何となく、ね。随分逢っていない気がするからさあ」
 しかし電話は頻繁に、したり受けたりしているのではありましたが。
「そうね、もう十日くらい顔を見ていないわね」
「電話の声だけじゃ、つまらないけどね」
「あたしも逢いたいんだけど、今一番忙しい時だから」
 夕美さんは丁度、修士論文作成の山場を迎えているのでありました。単に論文用紙に向かうだけではなく頻繁に千葉や神奈川に在る、大学が発掘調査を担当している遺跡にも出掛けなければならないのでありましたし、指導教授との打ち合わせや、論文作成の合間を縫って教授の手伝いやらもさせられているようでありました。
「で、どんな按配だい、論文の仕上がり具合は?」
「大筋は大体出来たんだけど、添付する写真や図版の整理が結構大変なの」
「ふうん。原稿用紙を文字で埋めれば済むと云う訳じゃないんだ」
「そう云う事」
 夕美さんの電話の向こうでコックリする気配が伝わって来るのでありました。「近い内に時間をつくってそっちに行くわ」
「無理しなくても良いよ。論文が大方の体裁が付く迄は電話の声で我慢するよ」
「我慢出来る?」
「だって仕方が無いもの」
「あたしは我慢出来ないから、矢張り近い内に行くわ」
「来てくれればそれは大歓迎だけどさ」
 ここで夕美さんの返事が少し滞るのでありました。
「明々後日の夜はどう?」
「明々後日か。・・・」
「頑ちゃんの方が都合が好くないの?」
「ボーナスの支給日だ、その日は」
(続)
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