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あなたのとりこ 159 [あなたのとりこ 6 創作]

 グラスを差し上げる時の無意識の体の反動として手指が動いたのか、それとも意識的な掴む動作だったのかは頑治さんには判然としないのでありました。しかしどこか意志的な挙動だったようだと云う思いが六分四分で優るのでありました。
 では何のために那間裕子女史は頑治さんの太腿を掴んだのでありましょうや。何かのサインでありましょうや。そうなら何のサインでありまじょうや。・・・

 この後はまたもや山尾主任の頼り無さとか会合の進行役としての手際の悪さ、それに短気さ、延いては短慮である事とか融通の利かない一本調子の思考法である点とか、偶に口にする冗談の陳腐過ぎる事とか、生真面目に務めようとしているくせにどこかがさつな仕事振りとか、何かと云うと山男を気取って見せる野暮とかに那間裕子女史の舌鋒は向かうのでありました。那間裕子女史は山尾主任の事を嫌っているようでありますし、侮っているようでありますし、同僚としてかなり物足りなく思っているようであります。
「そう云えば本人もあんまり話さないから話題に上る事は殆ど無いけど、山尾主任はこの暮れだったか年明け早々だったかに結婚するんじゃなかったっけ?」
 均目さんが那間裕子女史の舌の回転が一休みしたところで訊ねるのでありました。
「ああそうね。そう云えばそうだったわね。すっかり忘れていたわ」
「結婚の準備も佳境に入っているだろうに、ボーナスの事で余計な悩みが増えたかな」
「結婚式とかは挙げられないのかな?」
 頑治さんがそう訊くのは、もしそうならひょっといて那間裕子女史も均目さんも招待されているかも知れないのに、この二人は式の日取りもよく知らないような気配である点を少し訝しく思ったからでありました。まあ、会社関係の人は招待していない結婚式かも知れないし、抑々山尾主任は結婚式を挙げない心算なのかもしれませんけれど。
「確か信州の軽井沢だったかハワイだったかに向こうの両親と山尾主任のお母さんと五人で行って、そこで内輪だけの結婚式を挙げるとか前に聞いたような気がするなあ」
「軽井沢とハワイじゃあ随分落差があるようだけど」
 那間裕子女史が均目さんの記憶のあやふやさをやんわり詰るのでありました。
「何となく上の空で聞いていたから俺も何処だったか忘れたんだよ。ひょっとしたらオーストラリアかも知れないし熱海かも知れないし」
 均目さんは面白がりで那間裕子女史の云う落差をより強調するためかどうかは知れないながら、また新たなその二つの地名を並べるのでありました。
「じゃあ、招待客を呼んで、と云うような良くある風の結婚式はされないんだ」
「そうね、山尾さんらしいと云えば山尾さんらしいけど」
「山尾さんの事だから新婚旅行に山登りするんじゃないかしらね」
 那間裕子女史の云い草はどこか揶揄するような調子が潜んでいるのでありました。
「それは大いに考えられるね。嫁さんも山登りする人のようだから」
「山登り趣味の二人の結婚、と云う訳ね」
 ここでも女史の言葉にはからかうような色が混入されているのでありました。
(続)
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