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あなたのとりこ 143 [あなたのとりこ 5 創作]

 相手から竟に、丁寧口調も無くなるのでありました。
「確かにそうではありますが、私共の制作物への記載情報の収集は直接主体に当たるのが大前提でして、二次的な資料からの転用は控えなければならないのが原則です。ですからこうして直接御社に電話をかけさせて頂いた次第です」
「ふうん」
 男は別に納得した訳ではないけれど、そう云う事であるのなら、それはそれでそちらの勝手だから一応認めようと云った具合の合いの手を返すのでありました。
「と云う事で、先ずは本線から伺いたいと思いますが」
 頑治さんは仕切り直しに口調を改めるのでありました。
「いやいや、ちょっと待ってよ」
 男の、頑治さんに向かって手を横に強く振って見せる姿が見えるようでありました。
「ええと、何か?」
 頑治さんは至極穏やかに訊くのでありました。
「ウチの路線の総ての駅間所要時間となると、大変な手間だよねえ」
 ここで男の云う手間とは自分の手間で、これはそれを惜しんでの言でありましょう。
「そうですね。とは云っても一時間とかは先ずかかりませんけれど」
「そりゃあそうであるにしろ、そんな長い時間を、何の断りも無く突然かかってきたオタクの電話のためだけに使うのはねえ」
 如何にも迷惑だと、男はこの後に不愉快そうな口調で続けたかったのでありましょうが、そこは口籠もるように省略するのでありました。広報と云う体裁のためか、余りに横柄な対応と受け取られたくはないようであります。そんな男の気分が受話器から漏れ伝わってきたものだから、頑治さんは秘かに胸の内で指をパチンと鳴らすのでありました。
「では事前に、何時々々に電話しますからお願いします、とお断りすれば、その折にはご教示を頂けるのでしょうか? 若しそう云う事なら改めますので、この電話でご都合のよろしい日時をご指定頂けますでしょうか。それとお宅様のお名前もお願い致します」
 男としたらこの儘電話を適当にあしらって切った後は有耶無耶、と云うのがその了見でありましょうから、日時の指定を請われるとは思わなかったでありましょうか。
「いやまあ、私は何時も社内に居るとは限らないからね。ご存知無いかもしれないが、鉄道会社の広報課の仕事は様々あって忙しいものだから」
「はい。拝察させて頂きます。ですからそちら様より日時をご指定頂きたいので」
「しつこいねえ、アンタも」
 頑治さんのちっとも引き下がらない様子に焦れて男の声が尖るのでありました。
「畏れ入ります。しつこいの国からしつこい教を広めに来たようなヤツだと、様々な辺りからそんな呆れ言葉を頻繁に頂戴いたします」
 頑治さんは八分の生真面目と二分のお道化を交えたような云い方をするのでありました。受話器の向こうの男の口元が意ならず緩んだような気配が伝わって来るのでありました。頑治さんはもう一度胸の中で指を小さく鳴らすのでありました。
(続)
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