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あなたのとりこ 121 [あなたのとりこ 5 創作]

 この女史の変化に山尾主任は立ち上がろうとする動作を中断するのでありました。山尾主任は中腰の姿勢の儘、那間裕子女史の方に視線を向けるのでありました。那間裕子女史はその山尾主任を横目で見上げながら続けるのでありました。
「この六人の面子でこうやって一緒にテーブルを囲んでお酒を飲むなんて事、多分今まで一度も無かった事じゃないかしら?」
 那間裕子女史は今度は袁満さんの方に視線を移すのでありました。
「そうね。考えたらそうかな」
 視線を向けられた袁満さんが頷いて見せるのでありました。
「だったら冬のボーナスの話しは別として、折角なんだから親睦会って事にして、もう暫く他愛も無いお話しでもしていって良いんじゃない?」
 那間裕子女史は中腰姿勢の山尾主任の方にまた目を向けるのでありました。
「それは別に構わないよ、折角酒も料理も注文したんだし」
 先ず袁満さんが賛意を示すのでありました。
「他の人は?」
 那間裕子女史は均目さんと出雲さんに視線を回らすのでありましたが、二人は見られた順に「いいですよ」「俺も構わないっス」と頷くのでありました。最後に頑治さんが女史の目に捉われたのでありますが、頑治さんも特に異を唱えるべき理由も無かったし大いに腹も空いていたものだから、右に同じの頷きを返すのでありました。こう云う三人の様子を見て、山尾主任がようやく尻を再び座布団の上に落とすのでありました。

 頑治さんは入社以来那間裕子女史とは挨拶以外はほんの数語しか、それも総て仕事絡みの数語しか言葉を交わした事は無いのでありました。その数少ない言葉の交換からの印象でしかないのではありますが、那間裕子女史はなかなかお高く止まった、多分誰彼を問わず話している対象に対する警戒心からでありましょうが、言葉の端々に何時も嫌な圭角の現れる喋り方をする、出来ればあまりお近付きになりたくないタイプの女性と云う感じでありました。喋っていてもちっとも打ち解けた気配が見られないのであります。
 何を初っ端からそんなに警戒してくれているのか、その心根が頑治さんには良く判らないのでありました。何はさて置き人の好き嫌いの感情が先行して仕舞って、嫌いとなったらとことん無愛想に相手をあしらおうとするのでありましょうか。しかしまたどうして、或いは自分のどう云うところが那間裕子女史に嫌われたのか、頑治さんにはさっぱり覚えが無いのでありましたし、これはもう生理的嫌悪と云うところなのでありましょうか。
 まあそんな訳でこの女史とは一緒に酒を飲む機会なんぞは一度も訪れないであろうと思っていたのでありましたが、計らずしもここでこうして杯を遣り取りする事になろうとは一体全体何の因果であろうかと、頑治さんが秘かに考えを回らすような回らさないような顔で横に座る均目さんからビールを注いで貰っていると、均目さんのそのまた向こうに座っていたその当の那間裕子女史が、お辞儀をするように上体をやや前に傾がせて、間の均目さんを遣り過ごして頑治さんの方に顔を向けて声を掛けてくるのでありました。
(続)
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