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あなたのとりこ 111 [あなたのとりこ 4 創作]

「じゃあ旅行ですか?」
「いやそんなんじゃなくて、向こうに云ったら数年、いやひょっとしたら十年くらい留まる事になるかも知れないかな」
「十年留まる?」
 頑治さんはこの意外な報告に少し驚いて見せるのでありました。「そんなに長く北海道の網走で一体何をすると云うんですか?」
「空手だよ」
 刃葉さんはあっさりそう云ってから思わせ振りに無表情をするのでありました。
「空手、ですか?」
「そう。空手。今通っている道場の師範の、そのまた先生が網走に住んでいるんだよ」
「詰まり源流を訪ねる、と云ったところですかね」
「まあ、そう云うところもあるかな」
 刃葉さんは無表情の儘一つ頷くのでありました。「俺が仕事を辞めてフリーの身の上だと云うのを聞いて、それならば網走に行ってみないかって師範が云ってくれたんだ」
「その師範の方に刃葉さんが見込まれて、より凄い先生の道場で修業をするように推薦された、とか云った感じですかね、要するに」
「その先生は別に道場はやっていないんだ」
「道場をやっていない?」
 頑治さんは訝しそうに刃葉さんの顔を覗くのでありました。「それなら何のためにその先生の下へ身を寄せるんですかね?」
「小さな農園をやっているんだよ、網走の近くで奥さんと二人」
「ああそうですか」
 頑治さんは刃葉さんの網走行きの目的が上手く呑み込めないのでありました。羽場さんは空手をやりに網走に行くと先程明快に云った筈であります。しかしその訪ねるべき先方の先生は空手の道場をやっていないと云う事らしいのであります。
 刃葉さんの雑に語る話しのあれこれから推察してみるとつまり、羽場さんは網走に行ってその先生の所有になる農園の中の粗末な小屋に一人滞在して、農園仕事を手伝いながら殆どの人交わりを断って、刃葉さんの言に依れば、山籠もりのような生活、をしながら空手の修業に只管打ち込むと云う事のようでありますか。勿論その先生に事あるに付け様々指南を頂戴するのでありましょうが、基本は一人暮らしの一人修行のようであります。
 江戸時代かそれ以前の求道者のような、なかなか浮世離れした、大自然を相手の隠者みたいな修行と云えるでありましょう。まあ、人交わりが無いと云うところが刃葉さん向きとも云えるかも知れません。しかしあの万事にがさつで怠け者の刃葉さんみたいな人が、そう云う人目から隠れた厳しい修行なんぞ務まるのでありましょうか。
 意地悪く勘繰れば、実は調子に乗せられて体良く刃葉さんが今通っている道場から追っ払われているとも考えられるのであります。どうせ道場でも師範や同門連中と様々余計な摩擦を引き起こしたり、良くない意味で独立不羈でやっているのでありましょうから。
(続)
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