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あなたのとりこ 105 [あなたのとりこ 4 創作]

「無料招待券でも貰ったの?」
「入場は無料らしいの。好かったら観に行ってとか云われていたのを思い出したのよ」
「ふうん」
 頑治さんは頷きながらも、未だすっかり乗り気になったと云う風ではない返事をするのでありました。特段書道に興味がある訳でも無いのでありますし、そのために態々上野まで出掛けると云うのも億劫と云えば億劫に感じたのでありましたから。
「あたしも書道自体は別に興味は無いんだけど、未だ紅葉には早いけど偶には上野の森でブラブラ散歩するのも悪くないじゃない。それにちょこっとでも書道展に顔を出せば、その同級生に対する義理みたいなものも、あたしとしては果たせるし」
 そう云えば夕美さんと上野公園を散歩した事は今まで無かったなと頑治さんは考えるのでありました。上野ならこの本郷のアパートから歩いてもそんなに遠い距離でもないし、これは格好の暇潰しになるような気もしてくるのであります。書道展に顔を出すと云う確たる目的もあるし、それで夕美さんの義理も立つと云う事であるなら、漫然と鈴本演芸場に寄席見物に赴くと云うのよりは外出のし甲斐もあるというものでありますか。
「じゃあ、そうするかな。序にパンダも見て来るか」
 頑治さんは缶ビールを飲み干してから頷くのでありました。
「じゃあ、決定ね。パンダは別として」
 夕美さんもビールを飲み干してから立ち上がるのでありました、それからもう一度ユニットバスの中に姿を消すのは、ようやく髪を拭き終わってこれからドライヤーをかけるためでありましょう。序に外出用の少しの化粧もあるのでありましょうか。

 アパートを出ると二人は先ず本郷三丁目駅近くのレストランで朝食兼昼食を摂って、その後本郷通りを少し歩いて春日通りに曲がるのでありました。それから本富士警察署の脇を左に折れて道成りに幾つか角を曲がり、無縁坂をダラダラ下るとすぐに不忍通りに出るのであります。それから不忍通りを渡って不忍池畔を並んで漫ろ歩いて、池を半周もすればもうすぐに西郷さんの銅像が見える辺りに出るのでありました。
 夕美さんが云ったように確かに紅葉は未だでありましたが、日曜日の公園の中は多くの人出で賑わっているのでありました。家族連れや若いカップル、芸大の学生風の黒いバイオリンケースやチェロケースを抱えた男女、それに何をしに来たのか良く判らない、大きなリュックを背負った登山のいで立ちの十人程の中年の男女の集団と擦れ違いながら、公園のメイン通りを歩いて噴水の傍まで来ると東京都美術館はすぐそこであります。
 頑治さんと夕美さんは先ずは義理を果たすべく書道展に顔を出すのでありました。受付には夕美さんの同級生の顔は無いようでありましたが、一応来た証しに夕美さんは来場者名簿に記帳するのでありました。もうそれで既に義理は完了した事になるのでありましたが、まあせっかくだからと二人は場内をつるっと巡って、迷路のように建て回してある壁面に隙間無く掛けてある書を一通り観るのでありました。その中に大学院の同級生のものを見付けた夕美さんは、そこで立ち止まって暫しの間それを俯瞰するのでありました。
(続)
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