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あなたのとりこ 102 [あなたのとりこ 4 創作]

 頑治さんにそう云われて刃葉さんは、ああそう云う事を云っているのか、と云うようなやや不興の色の雑じった無表情になるのでありました。頑治さんは刃葉さんを不愉快にさせたかなと思うのでありましたが、たじろがないで刃葉さんの目を真顔で一直線に見るのでありました。言葉を発した以上、もう後には引き下がれないのでありました。
「テメエの始末はちゃんとテメエでして行けよな、と云う訳ね」
 刃葉さんはこの期に及んで何故か妙に突っかかって来る頑治さんに対して余裕を見せるためか、薄ら笑いなんぞを頬に浮かべて見せるのでありました。
「その通りです。立つ鳥跡を濁さず、とか世間ではよく云うじゃないですか。本当なら最後に倉庫の中や駐車場、それに車の掃除やら、自分がこれまで使っていた会社の備品なんかも綺麗に手を入れてから会社を去るのが筋ではないですかね」
 正論でありましょうから頑治さんは気概として一歩も引く気は無いのでありました。これが恐らく刃葉さんと関わり合う最後の時なのだから、今まで溜めに溜めていた鬱憤を少しはぶちまけるぞと云う気でもありましたか。
「何だ、最後の最後にお説教か」
 刃葉さんの目尻に険しさが現れるのでありました。同時に多少の気後れの色も浮かぶのは頑治さんの小生意気な言が正論であると判るからでありましょう。
「説教ではありません。筋を云っているだけです」
 頑治さんは無愛想ながらも冷静な物腰で云うのでありました。上擦った様子は見せられないところであります。眼光を強くして、後は刃葉さんが怒って実力行使に及んだら、及ばずながらも対抗するしかないと臍を固めるのでありました。
「判ったよ」
 暫くの睨み合いの後で刃葉さんがふと視線を外すのでありました。「奥の座布団は外して持って帰るよ。それで良いんだろう」
 事ここに至っては古座布団の件だけではなく、倉庫や駐車場や車の掃除やら備品の手入れやらの、去るに当たっての礼節や態度の涼やかさの事も頑治さんは云ったのでありましたが、古座布団以外にそれを刃葉さんに望むのは無理かとも考えるのでありました。
 刃葉さんは倉庫奥に行って古座布団を外してくるのでありました。それからそれをゴミ入れ代わりのポリバケツに放り込もうとするのでありましたが、そんな無作法な行為にまたもや頑治さんが噛み付くかもしれないと思ったのか、机上に纏めてある、持って帰るべき私物の上にそれを載せるのでありました。なかなか気遣っている様子ではあります。
「じゃあ、短い間だったけど、世話になったな」
 刃葉さんは纏めてある私物を古座布団込みで抱えると頑治さんに手を挙げて見せるのでありました。何はともあれここは糞生意気な頑治さんへの不快をグッと腹の底に呑み込んで、大度な辺りを見せようとする心算でありましょうか。
「ご苦労様でした。こちらこそお世話になりました」
 頑治さんは顔色を改めて静かに云ってお辞儀するのでありました。
「ま、また縁があったら逢おうぜ」
(続)
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