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あなたのとりこ 86 [あなたのとりこ 3 創作]

 そう云えば頑治さんの時も何故か刃葉さんは勝手に怯んで、頑治さんに対してすぐに自分の非を認めたのでありましたか。
「俺の時も、まあ当然ながら非は自分にあると認めてすぐに謝ったけど、なかなか大人だと、その一瞬は思ったよ。ま、多分そうでもないみたいだけどね」
「刃葉さんは、本人は必死に隠しているけど実は気の弱い人なんだ。だから相手の怒りが混じりっ気無しに本気だと判ると、急にたじろいで腰砕けになって仕舞うんだよ」
「自分の無調法から招いた緊張だとは判るんだろう。だからその負い目のために自分の方は混じりっ気無しの憤慨とはいかない。だから気概に於いて何時も負けている」
「ま、そう云う事かな。なかなかの分析だ」
 均目さんはふざけて拍手する真似をするのでありました。
「そう云う人とこれから先、短い間だけど、何も無くやっていけるかどうか俺は自信が無いなあ。何時か我慢出来なくてぶつかって仕舞うような気がする」
「確実に俺なんかよりは刃葉さんとの接触は長いだろうからなあ。でもまあ穏便にな。もうすぐ会社を辞める人と喧嘩をしても何の得にもならないし」
 頑治さんはカップに残っているコーヒーを一口で飲み干すのでありました。すっかり冷めて仕舞った故か苦味が強調されて頑治さんの喉を通過していくのでありました。

 その日もどうやら以降の仕事は無いようだからと、終業時十五分前に簡単に倉庫内の掃除をして頑治さんは三階にある事務所へと戻るのでありました。事務所のドアを何気無くに開けると、先に上がっていた刃葉さんと土師尾営業部長が何やら云い争いをしている場面でありました。頑治さんは戸惑って、入り口近くの自分の席に座った袁満さんに視線を送ると、袁満さんはその云い争いに関わらないようにするためか、机の上に広げた書類に顔を近付けて我関せずの態でありましたが、頑治さんの視線に気付いて、盗み見るように少しばかり顔を起こし向けて、やれやれと云った笑いを送って寄越すのでありました。
 席に座った儘の土師尾営業部長はやや背凭れに体を引いて、傍らに立つ刃葉さんの体越しに頑治さんの方を見るのでありました。その困惑したような目が、不意に現れた頑治さんに助けを求めているようにも見えるのでありました。
 その時ドアが開いて、大きな旅行カバンを肩に掛けた男が「ただいま」等と呑気そうな声で云いながら中に入って来るのでありました。これは出雲依奈造と云う名前の、袁満さんと同じ出張仕事を専らにしている営業社員でありました。頑治さんが就職面接に訪れた時に、ノックに反応してドアを開けてくれた男でありました。
 関東や中部、それに関西地方辺りを主に回っている袁満さんは一年の半分くらい出張に出ているのでありましたが、この人は担当する地域が東北や北海道方面と遠いためか、袁満さんよりももっと多い日数出張しているようでありました。入社以来頑治さんとは一週間だけ社内で一緒に仕事をしただけで、後はもうこの日迄顔を合わせた事は無かったのでありました。歳はこの会社で一番若くて、頑治さんや制作部の均目さんより一つ下になるのでありましたが、それでも会社では頑治さんより半歳くらい先輩なのでありました。
(続)
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yam

新しい年を迎え皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。

本年もどうぞ宜しくお願い致します。
by yam (2018-01-01 09:38) 

汎武

yamさん、新年おめでとうございます。
こちらこそよろしくお願い致します。
by 汎武 (2018-01-01 10:43) 

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