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あなたのとりこ 77 [あなたのとりこ 3 創作]

 片久那制作部長が頑治さんに訊くのでありました。
「昼食に行かれました」
「唐目君に納品書を渡して、自分は仕事完了の報告もしないでかい?」
 はいそうですと応えるのも何となく憚られるので、頑治さんは頷かずに口元に笑いを作って返答の代わりとするのでありました。
「相変わらず無責任だなあ」
 片久那制作部長は舌打ちしてからまた弁当の方に取り掛かるのでありました。
「昼飯は当然未だだろう?」
 均目さんが立ち上がりながら頑治さんに話し掛けるのでありました。
「ええ、未だです」
 頑治さんは竟々丁寧語で応えるのでありましたが、均目さんには同い歳なのだからお互いざっくばらんなため口でいこうと云われているのでありました。しかし態々もう一度ため口で言い直すのも間抜けな振る舞いと云うものでありますか。
「じゃあ、一緒に何処か食いに行こうか?」
 頑治さんは頷いて二人で事務所を出るのでありました。
 お茶の水、神保町、それに猿楽町近辺は昼食時はどの飲食店も混んでいて、十二時を少し出遅れただけでも行列に並ばないとなかなか食事にありつけないのでありました。入社して一年の均目さんよりは頑治さんの方がこの界隈に詳しかったものだから、ちょっと汚い店だけどと断って、頑治さんは均目さんを以前から偶に利用していた常時人影もあまり無いような路地裏に在る、暖簾も目立たない小さな定食屋に案内するのでありました。
「へえ、こんな店があったんだ」
 均目さんは初めて入ったその定食屋のカウンター席だけの狭い店内を珍しそうに眺め渡しながら、頑治さんと出入り口近くの椅子に並んで座るのでありました。
「それに他の店に比べると値段も安いよ」
 頑治さんはここは少しぞんざいなため口を使うのでありました。
「流石に大学時代からこの辺をうろついているだけの事はあるなあ」
「神保町郵便局とか運送屋の集配所は迂闊にも全く知らなかったけどね」
「そう云う所は学生には縁が薄いだろうしね」
 二人揃って塩鯖切り身の焼き魚定食を食いながら、均目さんは味もなかなかいけるし、良い店を教えてくれたと頑治さんに畏まらない謝意を表するのでありました。
「宇留斉製本所に行った時、刃葉さんは何時もは何時頃帰って来ていたのかな?」
 頑治さんは口から離した味噌汁碗を置きながら訊くのでありました。
「そうねえ、昼休み明けの午後一時頃かな」
「ああ、今日みたいに帰ってすぐに、何はさて置いても昼休みを取って、それで仕事復帰するのが午後一時と云う事になる訳だ」
「いや、午後一時頃に駐車場に車が帰って来るんだよ。それから遅い昼休みと云う事になるから、仕事復帰は午後二時からと云うのが今までの大体のパターンかな」
(続)
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