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あなたのとりこ 75 [あなたのとりこ 3 創作]

 刃葉さんが急ハンドルでまた、行きがけ同様横道に入るのでありました。帰りも道に迷って無意味な時間を潰す破目になるのかと思って頑治さんは溜息を吐くのでありました。頑治さんとしてはそう云う危惧があったので帰りは自分が運転しようかと申し出たのでありましたが、羽場さんは何故かそれを断って再び運転席に座ったのでありました。
「まあ、パートの人も居なかったし仕事場が何時になくすっきりしていたから、丁度繁忙だった仕事が片付いて、一息と云うタイミングだったのかも知れないけどな」
 刃葉さんはそう憶測を述べながら細い道を右に左にハンドルを切ながら、行き道同様さして急ぐ風もなく帰りの経路を紆余曲折に取るのでありました。
 刃葉さんとしてはこうやって少しでも道程をショートカットしようと云う魂胆なのでありましょうが、結局は徒に時間を空費していると云った按配でありましょうか。この人は実はせっかちな人なのだろうと頑治さんは思うのでありました。しかしそのせっかちが多くの場合残念ながら空回りして仕舞うタイプの人なのでありましょう。
 そう云えば刃葉さんは運転中にカーラジオをかけているのでありますが、二分と同じ番組を聴かず引っ切り無しにチャンネルを変えるのでありました。少し聞いてつまらないと思ったらすぐにチューナーボタンを押して、受信出来る総ての放送局を落ち着き無く何度も渡り歩くのでありますが、これもせっかちな性分の為せる業でありましょう。
 考えてみれば柔道や合気道や剣道や空手やバレエと云ったその多趣味ぶりも、本人なりの目論見は別の処にあるにしろ、斜に視れば落ち着きの無い移り気な性格が結局のところ基になっていると思われるのであります。一つをじっくりと云う人ではないようでありますから、これでは万事が習熟の域まで達しない儘表面をつるりと撫でて終わるのかも知れません。ま、そんな事は余計なお世話だと云われればその通りではありますが。
「少し時間が早いけど、何処かで飯でも食って一時迄昼休みしていくか」
 紆余曲折の末に結局また春日通りに戻って、中央大学の理工学部近くに来た辺りで刃葉さんが頑治さんに提案するのでありました。
「未だ十一時半前ですから昼休みを取るには早過ぎじゃないですか」
 頑治さんがそう云うと、刃葉さんは頑治さんを不愉快そうな横目でチラと見て小さな舌打ちの音を立てるのでありました。
「唐目君は生真面目と云うのか、律義な性格なんだなあ」
 刃葉さんは頑治さん側の左頬に苦笑を浮かべて呟くのでありました。これは明らかに頑治さんに対する揶揄でありましょう。
「この儘走れば十二時頃に会社に戻れるじゃありませんか。態々早目に取らなくても昼休みはそれからでも構わないんじゃないですか」
「全く堅い事を云うヤツだな」
 頑治さんはその刃葉さんの言葉にカチンとくるのでありました。まるで融通の利かない朴念仁扱いであります。そうでは全くないだろうと熱り立つ気持ちを一方に、頑治さんは後々暫くの間の刃葉さんとの付き合いを考えてそこはグッと堪えるのでありました。ここで憤怒に任せて喧嘩を始めても何の得にもならない話しでありますから。
(続)
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