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あなたのとりこ 71 [あなたのとりこ 3 創作]

 白山通りを北上し講道館横を左折して車は春日通りを直進するのでありました。その儘池袋六ッ又交差点を超えて川越街道を進めば、目指す池袋四丁目に在る宇留斉製本所へは簡単なルートと思われたのでありましたが、なかなかそうは上手く問屋が卸さないのでありました。勿論この場合の問屋と云うのは運転手の刃葉さんであります。
 頑治さんは然程でもないと思ったのでありますが、刃葉さんは春日通りが渋滞していると感じたらしく車を横道に入れるのでありました。伝通院前を左折して安藤坂を越して首都高速池袋線に沿って目白通りから音羽通りを走行しようと云う魂胆のようであります。まあ、春日通りが渋滞していると羽葉さんが判断したのならこのルートも順当な選択の内ではありますが、しかしここからが刃葉さん問屋の本領発揮でありました。
 春日通りが混んでいるのなら目白通りも混んでいると見るのが順当な推測と云うものでありますし、案の定車は緩やかな走行と停止、それから程なくの発進を繰り返すのでありました。どちらかと云うと春日通りを真っ直ぐ進んでいた方がスムーズではなかったかと頑治さんは思うのでありましたが、それは口にするのを控えるのでありました。
 刃葉さんは焦れて路地に車を進入させるのでありました。路地をくねくねと曲がり進みながら護国寺まで出ようと云う目論見のようであります。
 しかしこの問屋さんときたらこの辺りの道にとんと不案内なのでありました。時々渋滞があれば前も屡こうして路地を抜けるルートを取っていたのだろうから、多分大丈夫と頑治さんも高を括っていたのでありましたがどうやら様子がおかしいのであります。羽葉さんはきょろきょろと前方広角度に首を回しながらハンドルを右に切ったり左に急転させたりで、車は阿弥陀籤のような進み方で目指すべき方向を探しているのでありました。
 頑治さんは竟に見兼ねて、脇のドアポケットに刺さっているA四判で一万五千分の一縮尺の東京二十三区道路地図帖を手に取るのでありました。
「この辺は前にも来た事があるんだけどなあ」
 刃葉さんがその頑治さんの所作に先回りの云い訳らしきを垂れるのでありました。
「さっき小学校を通り過ぎましたが、それが小日向台町小学校だと思います」
 頑治さんは地図から目を離さずに続けるのでありました。「今車は北を向いて走っていますから先を左に曲がってください。左折してその儘進むと音羽通りに出る筈です」
 頑治さんのその注進に刃葉さんは特に頷かないのでありましたが、困り果てて従う心算ではあろうと取ったのは頑治さんの早呑み込みでありました。而して何を思ったのか羽葉さんは前に現れた丁字路で右にハンドルを切るのでありました。頑治さんは思わず刃葉さんに聞こえないように小さく舌打ちするのでありました。
 案の定、車は暫し進んで丸ノ内線の線路に進行を阻まれるのでありました。
「なあんだ、だったら左に行けば春日通りに出ると思ったんだけどなあ」
 まるで頑治さんが丸ノ内線の線路の事を伝えなかったのが迂闊だったかのような口振りであります。頑治さんは、今度は少し高く舌打ちの音を立てるのでありました。それは刃葉さんも聞こえたようでありますが、頑治さんとしては刃葉さんの運転感覚に苛々していたところでありましたから、こうなればもう不謹慎も何も無いと云うものであります。
(続)
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