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あなたのとりこ 70 [あなたのとりこ 3 創作]

 夕美さんはまた一口ワインを飲むのでありました。「さっき食事していた時に頑ちゃんから、あたしの考古学に対する興味が少し薄れたんじゃないかって云われて、何かこのところずっと感じていた憂鬱の原因をはっきり言葉にされたような気がしたの。明らかに薄れたって実感する程の大きさじゃないんだけど、でも確かに前はウキウキして出掛けていた発掘助手の仕事も、何となく現場まで出かけるのが大儀に感じる場合もあったのね。それでも自分を鼓舞して出かけるんだけどね。出かけたら出かけたでそれは何時も通り楽しいんだけど、前よりも帰りにドッと疲れるの、体の調子がおかしい訳じゃないのに」
「ふうん」
 大した事を喋った訳ではないにしろ夕美さんの喋る低いトーンの言葉の連なりを聞きながら、頑治さんは不用意に余計な事を云ったのかなと少したじろぐのでありました。「でもあんまり深刻に考えない方が良いのかも知れないよ、今は。薄れた気持ちがまた元の濃さに回復する事もあるだろうし、今ほんのちょっと倦怠しているだけかも知れないし」
「でも、そろそろ博士課程に進むのかそれとも止すのか決めないといけない時期だし」
 夕美さんはまたワインを飲んでから小さな溜息をつくのでありました。夕美さんの持つコップの中のワインの朱色が少し揺らぐのでありました。
 ほんの暫くの間ではありますが会話が途切れるのでありました。
「今日、泊まって行こうかな」
 夕美さんがぼつりと云うのでありました。
「それは構わないけど、明日は朝が早いんじゃないの?」
「ううん、別に早くはないわ。頑ちゃんが出勤する時に一緒に出れば大丈夫」
 頑治さんとしては大歓迎な提案でありました。今夜は何となくずっと一緒に居てあげたいような心持ちがしていた矢先でありましたし。
「じゃあそうするかい?」
「うん、そうする」
 夕美さんは頑治さんの顔を見ながら笑むのでありました。心持ち頼り無さそうな沈んだ笑みに見えるのは、それはこれまでの会話の経緯からでありましょうが。

   去る人

 結局山尾主任も均目さんも当日都合が悪くなったものだから、翌週の月曜日に頑治さんを池袋の宇留斉製本所に連れて行ってくれるのは刃葉さんと云う事になったのでありました。尤も羽葉さんにとっては毎週決まった仕事の一つであったから、その序でに助手を兼ねて頑治さんを引き連れて行くと云った寸法になる訳でありますか。
 折角整理整頓した棚を刃葉さんに荒らされるのは叶わないから、頑治さんが持って行く材料類を棚から出して倉庫出入り口まで運び、それを羽葉さんが車に積み込んで出発の準備を整えるのでありました。なかなかきびきびと甲斐々々しく働く助手だと刃葉さんは思ったでありましょうが、それは頑治さんの了見を曲解しただけであります。
(続)
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