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あなたのとりこ 66 [あなたのとりこ 3 創作]

 夕美さんは小さくてキュートな舌打ちの音を響かせるのでありました。勿論顔は笑っているからこれは一種の、決まり事としての合いの手みたいなものでありましょうか。
「さて、何処か喫茶店にでも行くかい?」
「そうね、コーヒー飲みながらこの六年半のお互いの出来事なんか話しましょうか」
 夕美さんが同意したので、二人は本屋の書泉グランデ裏のラドリオと云うちょっと古風な雰囲気の喫茶店に向かうのでありました。
「あんな一杯人が居る学食で、よく俺の事が判ったもんだなあ」
 頑治さんはウィンナコーヒーを一口飲んでから驚きの表情を作るのでありました。
「すぐ判ったわ。だって唐目君、高校生の頃とちっとも変っていないんだもの」
「ああそうかい」
 頑治さんはまたカップを取って口に近づけるのでありましたが、すぐにおやと云う顔をして夕美さんの方を上目に見るのでありました。「あれ、高校生の頃?」
「そう、高校生の頃」
「中学生の頃、の間違いじゃないのかい?」
「ううん、高校生の頃よ」
 夕美さんもカップを取り上げるのでありました。「あたし一度、増田押絵に誘われて東高の学園祭に行った事があるの。二年生の時だったかな」
 増田押絵と云うのは頑治さんと同じ東高に進学した中学時代の同級生であります。
「ああそうなんだ。そこで俺を見かけたと」
「そう。押絵に、ほらあれが唐目君の成れの果てよって教えられて、遠目から見たの」
「成れの果て、ねえ」
 頑治さんは別に高校二年生の時に中学生の頃に比べて落ちぶれたと云う実感は何も無かったものだから、夕美さんの、と云うよりは当時の増田押絵の云い草に大いに不満の表情をして見せるのでありました。落ちぶれるどころか、その頃が部活の剣道やらギターの練習やら友人たちとの冗談の云い合いやら、序に学業にも血を騒がせていた自分の一番溌剌としていた青春真っ盛りの時代であったと考えているのでありましたから。
「成れの果て、と云うのは勿論押絵のおどけた云い方よ」
「確かに増田は口の悪いヤツだったけどね」
「まあそれはそれとして、そう教えられて遠目だけど、仲間とワイワイやっている剣道の稽古着を着た唐目君を見たんだけど、なかなか凛々しくて格好良かったわよ」
「それは前言のフォローの心算かな」
「ううん、正真正銘の実感よ」
 夕美さんはそう云った後少しの間を空けて、俯いて頑治さんから目を逸らして恥ずかしそうに笑むのでありました。「で、学園祭の最終日だったから、夕方にキャンプファイヤーみたいに校庭の真ん中で盛大に井桁に組んだ焚き木を燃やして、その周りを生徒とか見に来た人皆で囲んで二列の輪になって、フォークダンス躍ったでしょう」
「ああ、そうだったなあ。東高の学園祭のフィナーレは何時もあれだ」
(続)
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