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あなたのとりこ 61 [あなたのとりこ 3 創作]

「まあ、一面でそう云えなくはないわね」
「一面で、かい?」
「だって考古学専攻の学生では女子はあたし一人なのよ」
「良いじゃないか、男に囲まれてちやほやされて」
「誰もちやほやなんかしてくれないわ」
 いやそうでも無かろうと頑治さんは思うのでありました。夕美さんなら小煩く感じるくらい男達にモテるに違いないでありましょう。しかも紅一点となれば、余計周りの男共が夕美さんを放って置く筈がないと思われるのであります。
「発掘の仕事環境なんて、結構過酷なのよ」
 夕美さんは頑治さんの認識違いを正そうとやや真剣な目をするのでありました。
「要するに刷毛みたいな物で土の表面をチョロチョロ丁寧に掃いたり、十能みたいなヤツで海辺の潮干狩りか花壇の園芸仕事みたいな事をするんだろう?」
 頑治さんは全く揶揄が含まれてはいない、でもない云い方をするのでありました。
「潮干狩りとか園芸とか、唐目君はやった事ある?」
「いや、ない」
「やってもいないのにきつい作業かそうじゃないのか、どうしてって判るのよ」
「成程ね。それは道理だな」
「それに発掘はそんな事ばかりやる訳じゃないもの。もっと重労働が幾らもあるのよ。力仕事も、男に混じってあたしも同じ作業をしなければならないんだから、大変よ」
「そう云うものかね」
 頑治さんは鈍そうな語調で前言を繰り返すのでありました。頑治さんに発掘仕事の大変さがあんまり理解して貰えない様子に夕美さんは小さな溜息をつくのでありました。
「ああ、もうすぐ午後の講義が始まるわ」
 夕美さんは自分の左手の腕時計に目を落としながら云うのでありました。頑治さんの考古学の過酷さに対する鈍い反応にげんなりしたのか、これで、中学校以来の邂逅を夕美さんは切り上げる心算で講義の事を口にするのでありましょうか。若しも自分のつれない反応のために夕美さんの機嫌を損じたのなら、それは如何にも申し訳無い事であると頑治さんは慙愧の念を覚えるのでありました。慙愧の念と云うのか、勿体無さ、と云うのか。
「唐目君は、この後は?」
「講義は無いよ。もうアパートに帰るだけだよ」
「帰った後の予定は?」
「何も無い。今日はアルバイトも無い」
 頑治さんは首を何度か横に振って見せるのでありました。
「折角こうして逢えたのに、これでさようならするのは残念よね」
 夕美さんは眉尻を下げて眉根を寄せて少し悲しそうな表情をするのでありました。そんな事を云うところを見ると、機嫌が悪くなったと云う訳でもなさそうであります。
「講義が終わるまで待っていようか?」
(続)
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