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あなたのとりこ 58 [あなたのとりこ 2 創作]

「羽場の事だから間違い無く大丈夫だと思うよ」
 別に自分の軽はずみなお墨付きなんぞは何の保証にもならないし何の安心にもならないとは思うのでありましたが、頑治さんはそう力強く請け合うのでありました。
「有難う。唐目君にそう云われると何だか大丈夫なような気がしてくるわ」
 夕美さんは如何にも嬉しそうに頑治さんに笑いかけるのでありましたが、これは夕美さんの頑治さんの気遣いに対する儀礼的愛想でありましょう。丁度木の間から風が吹いて来て、夕美さんの髪をサラサラと靡かせるのでありました。

 靖国通りから本屋の三省堂横の路地を抜けて、すずらん通り商店街を神保町駅に向かって暫く歩いた辺りの中華料理屋に頑治さんと夕美さんは入るのでありました。そこは何となく高そうな玄関構えで頑治さんは今まで遠巻きにしていた店でありました。ここら辺で食事をするなら頑治さんは大衆的なキッチン南海辺りに入るのが常でありましたか。
「折角の就職祝いなんだから、少しくらい高そうな所でも良いんじゃない」
 夕美さんはそう頑治さんに宣して先んじて料理屋の中に入るのでありました。
「どうだい大学院の方は?」
 頑治さんが好物の鶏の唐揚げに箸を伸ばしながら訊くのでありました。
「うん、二年生になると修士論文のための資料集めとか色々大変だわ」
「次は博士課程に進むんだろう?」
「一応その心算でいるんだけど、でも今迷っているのよ」
 夕美さんは頑治さんの顔から頼り無さそうな色を湛えた目を外して、レタス炒飯を取り分けた自分の取り皿を片手に取って、蓮華で一盛り掬うのでありました。
「博士課程に行って、その後は助手として大学に残ると云う目標じゃなかったっけ?」
「まあ、目標はね」
 夕美さんが蓮華を取り皿に戻す時に小さな陶器のぶつかる音がするのでありました。
「あれ、気持ちが変わった?」
「何か最近さ、発掘の仕事とか研究室なんかで、大勢の男達に混じって女一人が同じように動き回ったり発言したりする事に、自分が妙に場違いな場所に居るなとか思ったりする訳。前からそう思ってはいたんだけど、そんな事別に大して気にもならなかったの。成果さへ出せばそんな事は些事に過ぎないとかね、そう云う心算でいたんだけどね」
「でも最近、嫌に気になり出した、と云う事?」
「そうね。そんな感じ」
 夕美さんはまた炒飯の取り皿を手にするのでありました。
「それは女一人が男達に混じっている違和感では、実はないんじゃないの?」
 頑治さんが訊くと夕美さんは口元に運んだ蓮華の動きを止めて頑治さんの顔を上目遣いに見るのでありました。瞳の中に少しのたじろぎが見て取れるのでありました。
「どう云う事?」
「つまり、考古学と云う学問自体に少し倦んだんじゃないのかな?」
(続)
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