So-net無料ブログ作成

あなたのとりこ 57 [あなたのとりこ 2 創作]

「もう十月の終わりだと云うのに?」
「九月の解禁以来、会社訪問も一社も行っていないもの」
「へえ。随分悠長に構えているのね」
 夕美さんは少し呆れるのでありました。「就職希望なんでしょう?」
「ま、一応は」
「今年は只でさえ厳しいって云われているのに、そんなに呑気にしていて良いの?」
「本当はいけないんだろうけどね」
 頑治さんの云い草はどこか他人事のようでありました。
「ちっとも焦ってないみたいね」
「まあ、成るようにしか成ならないよ」
 頑治さんとしては何となく気が乗らないと云うのが、意欲的に就職活動に動かないその理由と云えば理由なのでありました。当面、目指す会社も入りたい業種も、困った事に全く見当たらないのであります。だから九月一日の会社訪問解禁日から愚図々々していて既に出遅れたのでありましたし、一旦出遅れるとすっかり興が醒めるのでありました。
 学生である気楽さに浸りきっていて働く意欲が湧かないのかと云うとそうでもないのでありました。現に居酒屋でのアルバイトは続けているのでありますから。只、或る日を境に一斉にお祭り騒ぎ宜しく就職活動に血眼になる世間の風潮みたいなものに辟易としているのでありました。それはある意味無粋な過剰反応と云うようなものであり、何処か仮想的に窮地に追い込まれた者達の狂騒と云うものでもあるようで、一歩引いて考えてみれば何ともイカさない集団強迫神経症的様態と云えなくもない現象ではありませんか。
「羽場の方はどうなんだい、就職は?」
 頑治さんは夕美さんの方事に話しを曲げるのでありました。
「あたしは進学希望だから就職活動はしていないわ」
「進学と云うと、大学院かい?」
「そう。もう少し今の勉強を続けたいから」
「そうなんだ、ふうん」
「だから就職活動はしないけど、でも受験の勉強も大変よ」
「それは万事に不真面目な俺に対する当て擦りの言かな?」
 頑治さんは冗談口調で訊くのでありました。
「別にそうじゃないわ。本当の事だもの」
 夕美さんは真面目な顔で返すのでありました。
「へえ、大学院に進学かあ」
 頑治さんは口調を改めて不埒な笑みも消してもう一度頷くのでありました。「確かにそれも大変そうだよな。でも怠け者の俺と違って、羽場は中学校時代から努力家でコツコツタイプだったから、その辺はそつなく準備しているんだろう?」
「進学しても構わないって云う実家の許可と、担当教授の大丈夫だろうって云う感触は貰ったけど、実際のところはそんなに自信がある訳じゃあないの」
(続)
nice!(10)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 10

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。