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あなたのとりこ 53 [あなたのとりこ 2 創作]

「ひょっとして唐目君じゃない?」
 頑治さんは後ろを振り返るのでありました。見覚えのあるような、無いような女の顔が頑治さんを見下ろしているのでありました。頑治さんの顔が無表情の儘である事に少し気後れしたように、女は不安そうに眉宇を寄せて及び腰を見せるのでありました。それが大学四年生の時の頑治さんと夕美さんの再会の風景でありました。
「判らない、あたしの事?」
「ええと、何処かで逢った事があるような気もするけど。・・・」
「夕美よ。羽場夕美。ほら、中学校で同級生だった」
 頑治さんはその名前は憶えているのでありました。しかし中学生の頃の夕美さんの面影が今目の前に居る女の顔となかなか重ならないのでありました。
「ああ、羽場さんか。名前は憶えているよ」
「顔は忘れた?」
「いや、忘れてはいないけど、でもなんと云うのか、・・・」
「中学生の頃の面影は全然無い?」
「うん。ええと、詰まり、羽場さんはこんなに綺麗だったっけ?」
 これは別に頑治さんのお追従でも女の気を引こうとする作為的な言辞でもなく、偽らざる感想なのでありました。夕美さんの頬が思わずと云った具合に弛むのでありました。
「随分お久しぶりね」
 夕美さんはそう云いながら頑治さんの横の椅子に座って、両手で持っていた四角い銀盆をテーブルの上に置くのでありました。銀盆には大盛りにした野菜サラダとロールパンが一つ、それに小振りな缶の林檎ジュースが載っているのでありました。
「どういう訳で羽場さんがここに居るんだい?」
 銀盆を置く時に少し俯いたものだから夕美さんのセミロングの髪の毛がやや前に揺れて、その時ほんの少し覗いた白い耳朶に向かって頑治さんが訊くのでありました。
「だってここの学生なんだもの」
 夕美さんは頑治さんに顔を向けて云うのでありました。髪の毛の先が躍って夕美さんの口元に掛かるのでありました。白い耳朶が頑治さんの視界から消えるのでありました。
「あれ、そうだったの。今までちっとも知らなかったよ」
「あたしは知っていたわよ、唐目君が同じ大学の学生だって事は」
 夕美さんはフォークを取り上げて野菜サラダの山の斜面に突き刺すのでありました。引き抜いたフォークの先で赤いプチトマトが連れ出されて来るのでありました。
「ふうん、でも何時知ったんだい?」
「消息は東高の増田押絵から聞いたわ、高校を卒業してすぐに」
 この増田押絵も中学の同窓生でありました。増田押絵は頑治さんと同じ、郷里の東高校に進学したのでありました。一年生の時に同じクラスになったのでありましたが、その後はクラスも別で、高校生時代に頑治さんは殆ど交流を持つ事は無かったのでありました。因みに、夕美さんはミッション系の女子高校に進学したのでありました。
(続)
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