So-net無料ブログ作成

あなたのとりこ 52 [あなたのとりこ 2 創作]

「昨日の続きだけど、会社の方は長く勤められそうな感触なのね」
 注文したコーヒーが来て、夕美さんは一口それを口に含んで暫く口の中でその香りと苦味を味わってから、ゆっくりと飲み下した後に頑治さんに訊くのでありました。
「仕事は単純と云えば単純だからそう難しい事は無いね。でも扱っている商品が色々あるからそれを覚えたり、その商品を作るための材料類を掌握するのに少し時間が掛かりそうだけどね。でも、それも慣れれば多分そう煩雑な事はないと思うよ」
「お給料は良いの?」
 夕美さんは昨夜電話で話さなかった点をここで訊ねるのでありました。
「今までのアルバイトに比べれば格段に良いかな。住宅手当も付くし雇用保険とか健康保険とか、そう云うのもあるようだし、待遇はかなりマシと云えるんじゃないかな」
「それはそうよね、正社員なんだから」
「まあ、保険料は給料から引かれるけどね」
「でも会社負担があるから全額じゃないし。それに厚生年金も付くんでしょう?」
「そうだね。でもその分、また手取り額が減るけど」
 頑治さんは就職面接時に土師尾営業部長から聞いた事を其の儘話すのでありました。そう云えば昨日の初出社日には、そう云った雇用条件の話しは土師尾営業部長の方からは特段出ないのでありました。もう面接の時にちゃんと話しているから殊更無用と云う心算なのでありましょうか。そう云えば初出社日である昨日ではなく、今日の帰り際に就業規則なる三枚綴りの紙切れを土師尾営業部長から事の序と云った感じで渡されたのでありました。でありますから、それは未だ頑治さんはちゃんと読んではいないのでありました。
「そう云えばこんなものを渡されたよ」
 頑治さんはズボンの尻ポケットから四つ折りにしてある、先程貰った就業規則なる紙切れを取り出して優美さんに渡すのでありました。夕美さんはそれを受け取ると暫く目を落として、熟読と云う程ではないながら黙読しているのでありました。
「まあ、ごく一般的な事がサラっと書いてあるわね」
 夕美さんはそう云ってその紙を頑治さんに返すのでありました。「一応帰ってから頑ちゃんも良く読んでおいた方が良いとは思うけど」
「うん、後でつるっと読んでおくよ」
 頑治さんは返された紙をまた四つ折りにして尻ポケットに捩じ込むのでありました。

 混み合った学食の片隅の席でカレーライスを食い終った頑治さんは、先程入り口付近で青ヘルメットを被った学生に渡された藁半紙の政治ビラを尻ポケットから取り出すのでありました。学費値上げがどうの全学ストがどうのと嫌に角ばった文字が並んでいるのでありましたが、頑治さんはそのビラを丸めて食い終ったカレー皿の横に放るのでありました。渡されたビラをその場で即座に捨てるのも何やら無礼過ぎる気がしたものだから億劫ながら一応折り畳んで尻ポケットに突っ込んでいたのでありました。頑治さんが丸めた紙とカレー皿を持って立とうとした時、後ろに誰かの立つ気配がするのでありました。
(続)
nice!(9)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 9

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。