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あなたのとりこ 49 [あなたのとりこ 2 創作]

「刃葉さんは身体の軸を創るためにバレエをやっている、なんて云っていましたよ」
 均目さんが少し真面目な顔で話題を刃葉さんの事に戻すのでありました。
「つまり、矢張り、武道的な動機からバレエをやっているんですかね」
 頑治さんがそちらの話題に乗るのでありました。
「本人としてはそう云う心算らしい」
「どうだかね」
 日比課長はあくまで懐疑的なのでありました。「若い女のレオタード姿を見たくってバレエ教室に通っている、と云うのはあまりに体裁が悪いからそんな尤もらしい理由を付けているだけで、俺はスケベな了見の方が刃葉君の本当の理由だと思うね」
「まあ、本人じゃないから俺も実際のところははっきりとは判りませんが」
 均目さんはそう云ってから、先程袁満さんが追加注文したたこ焼きが丁度テーブルに来たのを一つ、爪楊枝で刺して口の中に放り込むのでありました。

 頑治さんの歓迎宴会だから、と云う理由で先の居酒屋での一次会同様ここでの割り勘払いも頑治さんは免除されるのでありました。頑治さんは恐縮と感謝を表しながらそれに甘えるのでありました。実際この月は懐具合が心許なかったので大助かりでありました。
 新宿駅で三人と別れた頑治さんは中央線で御茶ノ水駅まで帰るのでありました。話しに依れば日比課長と袁満さんは池袋に出てそこから東武東上線で、均目さんは京王線でそれぞれの住まいに帰るのだそうであります。日比課長は板橋区の成増に家族四人と住んでいるそうで、袁満さんはその先の埼玉の朝霞でアパートの一人暮らしだそうでありますし、均目さんも京王線の千歳烏山駅近くのアパート住まいだそうであります。
 件の四人の中では頑治さんが一番会社に近い処に住んでいると云う事になるのであります。何と云っても歩いて通えるのでありますから。と云う事は当たり前の事として頑治さんは通勤交通費を会社から貰えないのでありましょうが、それはちと残念な気がするのでありました。通勤定期券があれば、例えば休日に何処かへ出掛けるにしても幾らか電車賃を得する場合もあるでありましょうから。いやまあ、それは如何にもさもしい根性と云うべきかと頑治さんはそう云った事を考えるでもなく考えながら、左右の足を互い違いに暫く前に出していると直に本郷給水所傍の自分のアパートに帰り着くのでありました。
 玄関ドアの鍵を回していると中から電話のベルの音が聞こえて来るのでありました。この電話は屹度羽場夕美さん以外ではなかろうと直感して、頑治さんは急いで部屋の中に飛び込むのでありました。趨歩で電話機の前に進んで受話器を取り上げると、果たして夕美さんのもしもしと云う少し尖った声が聞こえて来るのでありました。
「随分遅かったのね」
 由美さんの声はほんの少し怒っているようにも聞こえるのでありました。「八時頃から時々電話を入れていたけど、ちっとも出ないんだもの」
 頑治さんは腕時計を見るのでありました。もう十一時を回っているのでありました。
「ああご免。歓迎会と云う事で会社の人達と飲んでいたんだよ」
(続)
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