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あなたのとりこ 42 [あなたのとりこ 2 創作]

「要するに、未だ子供って事だな」
 日比課長が至極簡単にそう結論するのでありました。
「或いはひょっとしたら、人が窺えないような高い志望を秘め持っているとか」
 均目さんは日比課長のコップにビールを注ぎ足すのでありました。「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、なんて中国の箴言がありましたね」
「何だいそれは?」
 日比課長は均目さんの顔を覗き込むのでありました。
「陳渉の言葉かい」
 寡黙に升酒を飲んでいた片久那制作部長がここで急に言葉を発するのでありました。
「陳渉、と云うのは何処の誰ですか?」
 日比課長は片久那制作部長に遜った物腰で訊くのでありました。課長と部長と云うのもありはするのだろうけど、日比課長の言葉遣いには片久那制作部長に対する畏怖が籠っているように頑治さんには聞こえるのでありました。歳は日比課長の方が明らかに上でありましょうが、片久那制作部長には一目も二目も置いていると云った風であります。
「大昔の中国の、秦に対して最初に反乱を起こしたヤツだよ」
 片久那制作部長の物云いは恰も鴻鵠が、侮っている雀に向かって云うような調子でありましたか。それは聞きように依っては長幼の順を弁えない無礼な言葉遣いにも聞こえるのでありましたが、まあ、ざっくばらんの仲と云うのかも知れませんが。
「どう見ても大志があるようには見えないけどね」
 山尾さんが割り込むのでありました。「単に考えが幼稚なだけだね。それに万が一刃葉君に大志があったとしても、だからと云って仕事を疎かにしたり、不注意から大ポカをやらかして良い筈はない。そうでしょう、部長?」
 山尾さんは片久那制作部長の方を向いて至極真面目に問い掛けるのでありました。
「さあね」
 片久那制作部長は山尾主任の問いかけに対して有耶無耶に、応えるでも応えないでもないような無愛想な云い草をして、また升酒の嚥飲に没頭するのでありました。この鮸膠も無いような片久那制作部長の態度に山尾さんは少し気色ばむのでありました。
「部長は倉庫の様子を知らないから、刃葉君の好い加減さの被害が判らないんですよ」
「そうでもないよ」
 片久那制作部長はクールにあっさり、山尾主任の方に顔を向けるでもなく手にした升から視線を逸らす事無くそう返すのでありました。山尾主任の食い下がりが億劫そうであります。この冷淡で真面目に取り合わないような対応に山尾主任は益々熱り立つような素振りを見せるのでありましたが、日比課長がそれを宥めに掛かるのでありました。
「まあまあ山尾君、そんなに興奮するなよ。もう酔ったのかい」
「酔ってなんかいませんよ!」
 山尾主任は如何にも興奮気味に日比課長に食って掛かるのでありました。酔っていないと云うヤツは大体に於いて酔っているものだと頑治さんは秘かに思うのでありました。
(続)
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