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あなたのとりこ 8 [あなたのとりこ 1 創作]

 まあ確かに、足裏の感触なんぞは慎によろしくはなかったのでありましたが。しかし職安で摺り下がった靴下を引っ張り上げた後から、急に吉凶が逆転したようにも思えるのであります。そうなるとこの何ともイカさない秘かなる修正を境に、凶吉の反転が起ったとも云えるでありましょうか。靴下の摺り下がる無様は、これはもう如何にも目出度くはなかろうと云うものであります。依ってそれは矢張り凶兆であって、靴下を引き上げた事に依り、本日の職探しが目出度い仕儀に決したと云う風に捉える方が妥当性もあろうと云うものでありましょう。頑治さんはそう考えを纏めてから一つ頷くのでありました。
 諸事万端、頑治さんはこのような吉凶占いめいた事を、必ずあれこれ思い巡らして仕舞う傾向があるのでありました。それは遠く、小学生の頃からの抜き差しならぬ人生上の癖、あるいは慎に厳かなる儀式とも云えるものでありましたか。
 切っ掛けは友達と近所の公園で二股松葉を組みあわせて、その両端を引っ張り合って千切れた方が負けと云う遊びに由来するのでありました。単純で他愛のない子供の暇潰しじみた遊びではありましたが、頑治さんは内心大いに燃えるのでありました。何としてでも勝ちを収めなければ、何やらとんでもない災いがすぐ近くの将来、身に降りかかって来るかも知れぬと云う嫌に大袈裟に閃いた予感に打たれていたのでありました。
 家の前の、ネコの額と云うのも烏滸がましい程度の庭には一本の小振りの赤松があるのでありました。それまでは全くの無関心を決め込んでいたのでありましたが、友達との公園での遊び以来、頑治さんの目にその赤松が霊木の如く光を放つのでありました。
 学校から帰ると必ずその赤松の葉を組み合わせて相撲を取らせるのが、頑治さんの欠かせない日課となるのでありました。それに依って明日の吉凶を占うのであります。
 頑治さんは厳粛なる手つきで無作為に二股松葉を枝から取り出し、神官が真榊を扱う如くに恭しくそれを組み合わせ、深く二度程深呼吸して気を沈め、右が勝てば吉、と意中で宣し、左右の手を徐に横に引くのであります。当然左右の手の力加減に偏りがないように細心の注意を払い、神意が正しくこの松葉に降りるようにしなければなりません。
 右が勝てば吉、でありますから右手に持った松葉が二股を保持し続け、左手の松葉が二股を崩壊させれば、明くる日に屹度喜ばしい出来事が何か一つは起こるのであります。若し左手の松葉が勝ったからと云って、やり直しはきかないのが頑治さんの決めたルールであります。後の無い一回勝負であるからこそ卜占にリアリティーが宿るのであります。
 但し左手の松葉が勝ったからと云って、次の日に禍事が身に降り掛かると云うわけではなく、単に吉き事が起らないだけ、と云う風に都合好く頑治さんが自分の気持ちを納得させようとするのは、これはもう偏に頑治さんの小心に由来すると云えるでありましょう。依ってこれは吉・凶占い、と云うよりは吉・無吉占いと云うべきでありますか。
 しかし人間の性根なんぞと云うものは実に弱く出来ているもののようで、吉事がないだけとは云いつつも、しかしどうしても凶事の生成を意識せずにはいられないのであります。そう云えば確かに、左手の松葉が勝った次の日が何事もなく無事に終わるのは案外稀なような気が頑治さんはしているのでありました。強い思い込みからそう感じて仕舞うのだと云われれば、これはもう返す言葉は何もないでありましょうが。
(続)
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