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あなたのとりこ 2 [あなたのとりこ 1 創作]

 職安職員内におけるこの田隙野氏の在り様は、云ってみれば頑治さんの趣味にピタリと合っているのでありました。頑治さんにしても、別に胆が据わっているわけではないのでありますが、どこかのんびりしたところがその風情にあるのでありましたから。

 別にちゃんと確認し合ったわけではないのでありますが、しかし頑治さんも田隙野氏も、そこは同類を嗅ぎ分ける鼻の穴の細胞のお蔭か、この人物とは会話が出来るとすぐに直感したのでありました。初回の訪問で頑治さんは躊躇なく、カウンターの中で雁首を並べている相談職員達の中の、田隙野氏の前に歩を進めるのでありました。勿論、立て込んだ中で田隙野氏の前だけが唯一開いている窓口であったのも決定的要素ではありますが。
 確かに必死に職探しをしている者からしたら、そんな事は別に大した事ではないではないかと云った風の田隙野氏の緩い顔つきなんぞは、如何にも場違いなものと映るでありましょう。職安職員として頼りない顔つきと云えばその通りであろうし、相応しからざる顔相と云えばそれもその通りでありますが、しかしこれは別に田隙野氏が悪いわけではなく、責任はそう云う顔に産んだ田隙野氏のご両親にあると云えるのかも知れません。
 いやいやしかし、その人の顔つきを作るのは生まれではなく育ちと己の思想であると云う論に与すれば、田隙野氏自身のせいだとも云えるでありましょうか。依ってご両親の罪と断ずる事も出来ないわけでもありますが、それはまあ兎も角として、こうして頑治さんの仕事を斡旋しようとしてくれているのでありますから実際、田隙野氏はその風采とは別にちゃんと一定の仕事の出来る職安職員とも云えるのでありましょう。
「あれ、靴をどうかされましたか?」
 椅子に腰掛けるなり靴から足を脱して、前屈みをして机の下の見えない辺りで、すっかり脱落して仕舞った靴下を秘かに穿き直している頑治さんの挙動を不審に思ってか、田隙野氏がほんの少し怪訝そうな顔を向けるのでありました。
「いや、別に何でもありません」
 頑治さんは誤魔化すように、まあ、特に田隙野氏に対して体裁を気にする必要もないかとは思うのでありましたが、愛想笑いつつ両の靴下を直すのでありました。好い加減に引っ張り上げるとこの後またもや脱げる恐れがあるので、秘かな作業ながらそこは繊細に、爪先と踵のフィット感を確認しながら修正動作を完了するのでありました。
「唐目さんのご希望は確か、給料とか待遇は特に希望はないが、その日の内にその日の課業が完結するような小難しくない仕事で、格式張った服装をしなくて済む、比較的社風ののんびりした、冗談や洒落の判る上司の居る、あんまりこの先発展しそうにないながらもしかし、なかなか堅実に続いて行きそうな会社、なんと云う、そう云う会社があれば私の方が先にここを辞めて就職したいような、そんなような仕事及び会社でしたよねえ?」
 頑治さんの上体が起きるのを待ってから、気を取り直すように咳払いを一つして、未だ職安職員として敏腕なのかそうでないのかが判る程には付き合いの深くない田隙野氏が、頑治さんの目を至極真面目な顔つきで覗きこみながら訊くのでありました。
「ええまあ、そう云ったような」
(続)
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