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お前の番だ! 599 [お前の番だ! 20 創作]

「ああそう。・・・ふうん」
 大岸先生は何やら直感するところのある表情をするのでありました。大岸先生の顔を見た是路総士も、その何やらにピンときたようで、大岸先生と目交ぜするような仕草をしながらニンマリと笑うのでありましたが、迂闊ながら万太郎は、その是路総士の笑みがどう云った意味で笑まれたものなのかを察する事が出来ないのでありました。
 五人での朝食を終えて暫くすると、その日当番になっている準内弟子の山田と狭間、それに宇津利益雄がやって来るのでありました。宇津利は竟先頃、予てから念願の準内弟子となったのでありましたが、前に準内弟子をしていた片倉が大学卒業を機に、出身地の信州松本に帰ったのと入れ替わる形で採用となったのでありました。
 来間と真入、それに準内弟子達が朝の道場仕事に励み出した頃、花司馬範士と寄敷範士が前後して姿を現すのでありました。二人共あゆみの不在に少しく意外と云った表情を表するのでありましたが、万太郎から気分が悪いので病院に寄ってから来ると説明されて、そう云う事もあろうかとそれ以上に気にかける様子は見せないのでありました。
 そのあゆみが道場に現れたのは、朝稽古が終わった頃でありました。
「随分遅かったなあ」
 万太郎とあゆみの控え部屋の襖を開けて、中に入ってくるあゆみに万太郎が声をかけるのでありました。あゆみの顔が今朝と同じに心持ち蒼白に見えたものだから、万太郎は未だ気分が優れないのかと心配するのでありました。
「病院が混んでいたからね」
「それでどうだった?」
 万太郎はあゆみの顔を覗きこむのでありました。
「それがね、あのね、・・・」
 あゆみは万太郎の目を円らな瞳で一直線に見るのでありました。「実は、どうやら、赤ちゃんが出来たみたいなのよ」
 その思わぬ報告に万太郎の顔が一瞬表情を失くすのでありました。それからすぐにその顔に、みるみる赤みが増すのでありました。
「赤ちゃん、て、その、ええと、所謂、・・・赤ん坊、・・・の事か?」
 何を訊いているのか万太郎は自分でもよく判らないのでありました。あゆみは頓狂な万太郎の云い草にも関わらず真顔で二度頷くのでありました。
「そう。その赤ん坊よ」
「・・・おお!」
 万太郎は妙な声色の感動詞を口走るのでありました。そこであゆみが、一連の万太郎の間抜けな反応に対して、口元に曲げた人差し指を添えてクスッと笑うのでありました。
 万太郎の態度が急にそわそわと、妙に恭しそうになるのでありました。
「起きていて大丈夫なのか、横にならなくても?」
「大丈夫よ。つまり病気じゃないんだから」
「ああそうか。しかし念のために、横になっておいた方が良いんじゃないかな」
「今ここで急に横になっても、仕方ないじゃない」
「それもそうだな。・・・」
 万太郎はあゆみの顔を心配そうな目で見遣るのでありました。その後何を思いついたものか、急にすっくと立ち上がるのでありました。
「何処行くの、万ちゃん?」
 そう訊かれて万太郎はすぐに困惑の表情をするのでありました。
「ああいや、別に何処にも行かないんだけど。・・・」
 万太郎は呟くように云ってまたその場に座るのでありました。座り直したのは良いけれど、どうにも尻の落ち着かない心持ちであります。
「赤ちゃんが出来たって聞いて、どう、今の気分は?」
 あゆみがまるで万太郎の落ち着かなさをからかうように、そんな事を如何にものんびりした口調で訊くのでありました。
「今の気分は、ええと、嬉しいに決まっているんだけど、どうしたものか顔が、それをちゃんと上手く表せないんで困る」
 その万太郎の云い草は何となく苛々しているようにも聞こえるのでありましたか。しかし要するにこんな万太郎のオロオロぶりに、万太郎なりに確かに大いに喜んでいるのだろうとあゆみは察しをつけて、安堵したように目尻を下げるのでありました。

「ああそうか。それは良かった」
 これは早速報告に及んだ時の是路総士の言葉でありましたが、万太郎とは違って如何にも落ち着いた様子ながら、その喜色は目尻から溢れているのでありました。
「お目出とう。そうじゃないかなって思ったのよ」
 こちらは大岸先生の言葉であります。「今朝急に気分が優れなくなったの?」
「いいえ、少し前からあったんですが、ちょっとした風邪だと思っていたんです。でも今朝は思い当るところがあって、それで念のために病院に行ったんです」
「それで確定したわけね?」
「確定と云うのか、検査の結果が明日出るまではっきりしないんですけど、でもお医者様には、先ず間違いないって云われましたけど」
「検査結果を待つまでもなく、あたしも絶対間違いないと思うわ。確かに、あゆみちゃんの今の顔つきは何となく懐妊した女性のそれだもの」
 大岸先生のその言葉を聞きながら、万太郎はそう云うものかと感心するのでありました。女は女同士と云うところでありましょうが、そこいら辺りの機微には、万太郎如きが容喙する余地なんぞは髪の毛一本分もないと云うものでありますか。
「こりゃあ目出度い。跡取りの七代目も出来て常勝流の未来も安泰と云うものだ」
 鳥枝範士が知った時の反応はややお先走りのきらいがあるのでありました。
「男か女かも、それにその素質があるのかも未だ判りませんよ」
 あゆみが苦笑いながら応えるのでありました。
「何れにしても結構な事。総務長先生、お目出とうございます」
 鳥枝範士は万太郎に深々とお辞儀して見せるのでありました。「こうなれば、ワシが云う迄もない事だが、棋道のために尚一層のご奮起を願います」
(続)
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