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お前の番だ! 597 [お前の番だ! 20 創作]

「まあ、長く一派の武道のみをやっていればそう云う事もあろうよ」
 是路総士は大らかさの中に万太郎の来間への苦言を包み修めるのでありました。
「ところで秘伝の話しに戻りますが、では、代々直系相伝で宗家を継ぐ者が秘伝伝授をしていただく意味は、一体どこに在るのでしょうか」
 万太郎の是路総士を見る目に困惑が湧くのでありました。
「常勝流が古武道であると云う認識に依るからだ。現代武道なら秘伝なんと云うものはあっさり擲って、実質のみに術理体系や体制を変える事も出来るが、古武道は道統を忠実に継承すると云う観点から、代々受け継がれてきた仕来たりの実質本位の変更を拒む故だ。代々の宗家或いは門下が築いてきた風習を尊ぶと云う、形式、と云っても良い」
「形式、として僕は秘伝を伝授されるのですね?」
「そうだ、それ以上の意味も、それ以下の意味もない。しかし宗家となる者には、その形式を無批判に受け入れるだけの、一種の器量が求められる」
「判りました。昨日までの僕の意気ごみと今のお話しとが、何となく上手く溶けあわないのですが、しかしとにかく秘伝伝授の意義は了解しました」
 万太郎はそう云って頭を掻いてから律義らしいお辞儀をするのでありました。
「よし、では」
 是路総士が微笑みながら一度頷いて徐に立ち上がるのでありました。万太郎も一拍遅れですっくと立ち、こうして愈々、向後三月に及ぶ秘伝伝授が始まるのでありました。
 しかしじっくりと是路総士に差しで技術を習ってみると、成程秘伝技とは変化技の最上級のもの、と云う類かと万太郎は思うのでありました。到底投げるタイミングではないところで、今までの技法にはない体の使い方に依って投げを打ったり、自分の四肢を精緻に使用して相手の体を雁字搦めに身動き出来ない状態に極めたりと云ったものが殆どで、確かに是路総士の云う、外連の技、の例えが的を射ていると云う印象でありましたか。
 確かに一度は有効かも知れませんが、二度は使えない技でありましょう。秘伝を会得せんとして意気ごむよりも、地道なごく普通の稽古を懈怠なく積み重ねる方が、寧ろそれは確かに、常勝流の奥義に近づくための王道と云えるでありましょうか。
 まあしかし、実戦上の体の使い方と云う点に於いては、到底不自然と思えるような体勢でありながらも、安定して相手を腰に乗せて逆落としに投げるとかの、常とは違う身体操作法が一種圧巻ではありましたか。それを知っていれば確かに、まあ一回は、勝負に於いて有効に使う事が出来ると云うものでありますかな。
 秘伝伝授は万太郎には拍子抜けと云えなくもないのではありましたが、常勝流の最高位者として、絶対不敗であるためには必要な技術とも考え得るのであります。それは確かにあらゆる状況に於いて、宗家たる者が勝負にたじろぎを見せるわけにはいかないのでありますから、秘伝技も習得して決して無駄ではないとは云えるのでありましょう。

 朝は何時も一緒に道場にやって来る万太郎とあゆみでありましたが、その日に限って、万太郎が一人だけで道場の玄関を入るのでありました。
(続)
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