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お前の番だ! 593 [お前の番だ! 20 創作]

 万太郎のこのような試合を下座に居並ぶ門弟達の一番隅で、まだ高校生程の歳と思しき一人が、食い入るように見つめているのが万太郎の目の端に映るのでありました。その少年は万太郎の最後の対戦者として、角鼻先生から名前を呼ばれるのでありました。
 少年は躍り出てきて万太郎と対峙するとお辞儀の後に木刀を正眼に構えて、剣道試合で身につけたのであろう、甲高い気合の一声を先ず万太郎にぶつけてくるのでありました。やや血走った眼と上気した頬の赤味と、きびきびした動作とせわしなく動く木刀の先端に、万太郎と試合う緊張と興奮を隠しきれないと云った風情でありましたか。
 その風情をなかなか好ましく思った万太郎は、下段に木刀の切っ先を落として少年の打ちこみを待つのでありました。精気漲る年頃故か少年は打ちこむ直前に目を剥くのでありましたから、万太郎が少年の気勢を読むのは造作のない事でありました。
 裂帛の気合もて何度打ちこんでも万太郎が大した捌きもなく軽々と躱すものだから、少年の息はすぐに上がるのでありました。頃合いで少年が突きにきたところを往なして、ふり返るところを万太郎の木刀の物打ちが易々と少年の右小手に乗るのでありました。
「それまで!」
 角鼻先生の声が響くのでありました。少年は急に気合抜けしたように棒立ちになって、木刀を持った手を下に垂らすのでありました。
 少年は試合の端から到底太刀打ち出来ないと悟っていたようで、出る時の勢いが嘘のように、ようやく緊張から解放されたと云う如何にもしおらしい様子で、万太郎と一間の間合いに分かれると、そこに正坐して万太郎に丁寧な一礼を向けるのでありました。
「始めから判っとったばってん、まあだお前では、万太郎の足元にも及ばんなあ」
 角鼻先生は少年に顰め面をして見せるのでありました。「まあ、ウチの門弟共も全員、結局万太郎に適当にあしらわれたごたる具合じゃったばってんが」
 角鼻先生がそう云って下座の門弟達を見渡すと、門弟達は一様に面目なさ気に角鼻先生から目を逸らして俯くのでありました。
「いやあ、木刀で試合ばしたけんでしょう。防具ばつけて竹刀で立ちあっとったら、オイの方が簡単につめ寄られとったて思うですよ」
 万太郎は少年との礼の交換の後に角鼻先生に云うのでありました。
「捨身流剣術は元々真剣で立ちあう剣法なんじゃから、竹刀剣道で勝っても大した自慢にはならん。ま、今の言葉は万太郎の礼儀として素直に受け取っておくばってんな」
 角鼻先生は自分の門弟達が万太郎に不甲斐なく翻弄された事に然して拘る風もないようで、朗らかな笑い声等立てるのでありました。「ところで最後に立ちあった男は高校三年生で、来年東京の大学に進学する予定ばい。なあ。重井」
「はい。その心算でおります」
 重井と呼ばれた少年は顔を起こしてそう言明するのでありました。
「重井魂太、て云う名前で、東京に出たら万太郎の弟子にして貰うて今から云うとる」
 重井魂太はそう紹介されて、万太郎の方にキラキラする目を向けてペコッと頭を下げるのでありました。意欲満々と云った風情であります。
(続)
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