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お前の番だ! 558 [お前の番だ! 19 創作]

 あゆみは続けるのでありました。「お父さんもその頃そう感じていたらしくて、折野は稽古にのめりこむタイプだし、そうやって精進している内に、常勝流の妙味のようなものを、まあ、端緒に過ぎないだろうが何か掴んだのだろう。精進してもそれを得る事の出来る人間は稀有なのだが、折野は屹度その稀有な内の一人だろう、なんて云っていたわよ」
「その頃、稽古が段々面白くなっていったのは、それはまあ確かですが、・・・」
 万太郎は回顧するような顔つきで云うのでありました。
「お父さんに依れば、稽古は人間がやる営為なんだから経験年数と実力が等比になる事はないんだって。実力と云うのは、グンと腕が上がってその後暫く停滞して、それからまたグンと飛躍して、と云うのを繰り返して階段状に上達していくんだそうよ。しかも誰でもが上達するとは限らないし、上達するにはそれなりの好機と条件が要るんだってさ」
「ああ成程。人を指導していて、それは僕にも経験上判ります」
「折野はその階段の幅が人より狭いから、人より早い速度で上達するかも知れない、なんて事も云っていたわ。うかうかしているとあたしなんかすぐに追い越されるぞって」
「いやいや、未だにあゆみさんの実力には到底及びませんよ」
「そうやって何時も姉弟子のあたしを立ててくれるけどさ、あたしとしてはもうとっくに、万ちゃんに及ばなくなっていると云うのは自分で判っているのよ。しかも年数が重なるに従って、益々歴然と差がついていくような実感がするわよ」
「煽てても何も出ませんから」
 万太郎は面映ゆくなってそんな冗談を返すのでありました。
「だからね、宗家は万ちゃんが継ぐ方が良いのよ」
 あゆみがそう断じるのでありました。成程そこに話しが行くのかと、万太郎は今までのあゆみとのお喋りの落ち着き先を得心するのでありました。
「宗家と云うのは誰もが妥当と思う人がなるもので、その妥当性の最たるものが血統です。血統と云う一見古めかしい観念がこの国では未だに一番落ち着きの良い理でもあります。特に伝統を重んじる分野においては、それは合理中の合理となります」
「でも、ここで例えとして持ち出すのも申しわけないけど、威治さんの場合もあるわ」
 あゆみは万太郎をその円らな瞳で一直線に見るのでありました。万太郎はそんな風に見られると例によってたじろぐのではありましたが、ここは引けないと意を励まして、あんまり円らとは云えない目で一生懸命にあゆみを見返すのでありました。
「若先生とあゆみさんでは、備わった徳も周りの評価も違い過ぎますよ。若先生は失敗するべくして失敗した例で、それはあゆみさんには全然当て嵌まりませんね」
「でもあたしが女である事は、ひょっとしたらもっと決定的に不利な評価となるんじゃないかしら。血統よりも男尊女卑の考えの方が古武道の世界には根強いかも知れないわ」
 それはそうかも知れない、と万太郎の意が少し挫けるのでありました。全くこの世界は現代風から距離を置く事を尊ぶ風習に色濃く染まっているし、その方が潔いのだとする無条件に無意味で無精で無責任な考えに支配されているから、確かに女であるあゆみが宗家を継ぐとなると、何かと風当たりも強くてしんどいかも知れないのであります。
(続)
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