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お前の番だ! 556 [お前の番だ! 19 創作]

「新宿で何をしますか?」
「映画でも見る?」
「そう云えば来間が新宿に映画を観に出かけていますから、確率は低いものの、ひょっとしたら向こうで出くわすかも知れませんよ」
 まあ、出くわしても別に構わないかと、云った後で万太郎は思うのでありました。しかしあゆみと自分が仲睦まじく寄り添っている姿を見た来間に、経緯を縷々述べると云うのも何となく気が重いと云うのか、きまりが悪いと云うのか。・・・
「ああそう。注連ちゃんは新宿に映画を観に行ったの」
「まあ、来間の目に気を遣う必要はないですけどね。あゆみさんと僕は、こうして晴れて総士先生公認の仲になったわけだから。ま、宗家の継承問題は残っているにしろ」
「それでも矢張り、何となく注連ちゃんに出くわすのは面倒ね」
 あゆみも万太郎と同じ了見なのでありましょう。「じゃあ、どうしようか?」
「ぐっと手軽になりますが、烏山辺りで食事をして、それから寺町か芦花公園でもブラブラと散歩する、なんと云うのはどうでしょうか?」
「そうね。二人きりで居られるのなら、あたしは別に何処でも構わないし」
 このあゆみの言葉を聞いた時の万太郎のデレッとした締まらない顔と云ったら、ここに描写するのも馬鹿々々しいと云うものでありますか。
「じゃあ、まあ、取り敢えずそう云う事で」
 と云うわけで万太郎とあゆみは仙川の道場を出ると、千歳烏山の駅まで寄り添ってゆるりと休日の散歩と洒落こむのでありました。何処と云う当てもなかったから二人は駅近くのレストランで昼食を摂って、その後またブラリと芦花公園まで歩くのでありました。
「万ちゃんさあ、・・・」
 月曜日の昼間と云うのでさっぱり人気のない、徳富蘆花が死去する昭和二年までの二十年間隠棲した住居跡と云う蘆花恒春園の記念館の縁に並んで座って、万太郎の左掌を両手で包むように持って、肩を寄せたあゆみが万太郎に話しかけるのでありました。
「何でしょう?」
 万太郎は弄ばれる掌の心地良さに陶然としつつ、上擦った声で応えるのでありました。
「その、二人だけで居る時のあたしに対する敬語は、もう止めない?」
「はあ。しかし今まで長く馴染んだ言葉遣いですから、簡単には改まりませんよ」
 万太郎はすっかり敬語で云うのでありました。
「そこを頑張って改めてよ」
「押忍。努力してみます」
 万太郎のその返事を聞いてあゆみは溜息をつくのでありました。
「ほら、早速努力を怠っているじゃないの」
「ああ、済みません。・・・じゃなくて、済まん、・・・事です」
 万太郎は頭を掻くのでありました。「ダメです。どうしても丁寧になって仕舞います。丁寧じゃなくなろうとすると、調子が狂ってしどろもどろになりますよ」
(続)
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