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お前の番だ! 540 [お前の番だ! 18 創作]

 しかし単にあゆみの肩を抱くくらいではあゆみの気持ちに対する応答としては不充分ではないかと、茹で上がった蛸が妙な心配をふと発するのでありました。武道家たる者、相手に不覚にも先を許して仕舞った場合には、先ず以って相手の及びくる先の勢いを無効化すべく動かなければならないのが体術の攻防の根本であろうと、茹で上がった蛸はこれまたわけの判らない現状とは全く無関係な思念なんぞを引っ張り出すのでありました。
 で、万太郎は茹で蛸の指令に依り不意に歩行を止めるのでありました。体を寄せあって歩いていた万太郎が俄に足の動きを止めたものだから、あゆみはニュートンの第一法則上、一歩万太郎の先に足を運ぼうとしてその動きを阻まれ、その後少しつんのめるように停止して、一体どうしたのかと云う顔で万太郎の方に体ごと正対するのでありました。
 ここが武道家折野万太郎の狙い目であると、実のところはそんな明確な目論見は特段なかったのでありましたが、すぐ目の前で正対したあゆみのもう一方の肩に万太郎はもう片方の手を躊躇う事なく、自然に、添えるのでありました。それから両手であゆみの体を自分にゆっくりと、しかし断固とした力で引き寄せるのでありました。
 武道家是路あゆみとしてもすぐに万太郎の意図を察知して、万太郎の動きに手向かいする気もあらばこそ、こちらもこれまた自然に、何の抵抗もなく掻き抱かれるのでありました。疎らな住宅街の人気のない道の傍らで、身を寄せあう二つの影が後方から射す斜陽に射られて、長い濃い翳を道の前方に何処までも長く伸ばしているのでありました。

 総本部では洞甲斐氏の道場に出かけた万太郎の首尾を聞くために、是路総士が師範控えの間で待っているのでありました。そこには花司馬教士も同席するのでありました。
「随分遅かったなあ。花司馬君共々、待ち草臥れたぞ」
 是路総士が、卓前で一礼してから帰還の挨拶をする万太郎に云うのでありました。万太郎の隣に正坐しているあゆみも、万太郎と一緒にお辞儀をするのでありました。
「ええまあ、色々、ありまして。・・・」
 万太郎は心持ちしどろもどろに返すのでありました。
「向こうで、何か予想していない小難しい事でも出来したか?」
「まあ、多少ない事もなかったですが、概ねすんなりと話しは通じて参りました」
「威治君や洞甲斐さんは色々難色を示さなかったか?」
「常勝流、と云う名前に然程の拘りがあるような風でもありませんでした。新会派を立ち上げた興奮と勢いから、竟うっかり、常勝流、と云う名称を使って仕舞ったと云った感じでしたか。特に悪気はないようだし、強く執着してもおられませんでしたね」
「道分先生のご遺志を継ぐ覚悟の意味で、とかなんとか、あの二人の事だから、そんな都合の良い弁解なんかをうじうじと云い立てませんでしたか?」
 花司馬教士が横から訊くのでありました。
「まあ、話しの中でそんな言葉も確かに出ましたが、しかし思ったよりあっさりと、こちらの云うところを受け入れていただけました。若先生は、常勝流、の名称の無断使用には問題があると云うところは、どうやら端から判っていらした様子でした」
(続)
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