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お前の番だ! 536 [お前の番だ! 18 創作]

 万太郎は洞甲斐氏の方に視線を移すのでありましたが、洞甲斐氏は眉間に皺を集めて万太郎を虚ろに見るのみで、返事の言葉を発しないのでありました。その代わりに何度か頭を弱々しく縦に揺らして見せて、無精に了解の意を伝えるのでありました。
「それからこれは、若先生に云っておきます」
 万太郎は威治前宗家にまた目を戻すのでありました。「好い加減に迂路ばかりを歩かないで正道に足を踏み入れては如何ですか。つまらない意地がそれを邪魔しているのならそんなものは綺麗さっぱりと棄ててください。それが道分先生の継承者としての心胆と云うものじゃないでしょうかね。これは僕如きが云うのではなく総士先生のお気持ちです」
 万太郎がそう云うと、すぐ後ろのあゆみが頷く気配が伝わってくるのでありました。
「大きなお世話だ」
 威治前宗家は小馬鹿回しの笑みを片頬に浮かべるのでありました。端から万太郎の言葉なんぞ聞く意思がないと云う表明でありましょう。
「ご自身でも、この儘じゃいけないと云う思いがおありなのではないですか?」
 万太郎は心服の件があるものだから、威治前宗家のこの突慳貪の無愛想にめげるわけにはいかないのでありました。「総士先生は、歳から考えても、ここら辺が若先生の武道家としての先途であろう、と云うような事をおっしゃっておられます」
「俺が俺の何をどうしようと、俺の勝手だ。人様にあれこれ云われる筋あいはない」
「そう云うお言葉は、事ここに到ってみれば既に破綻しているのではないですか?」
 威治前宗家はこの万太郎の問いかけに憮然たる表情をして、あくまでもソッポを向いた儘でありました。何が何でも万太郎の意見等は聞かない心算なのでありましょうし、そうする事でしか自分の格を辛うじて保つ事が出来ないのでありましょう。
 こうなればここで何を云ったとしても無駄でありましょう。寧ろこちらが言葉を重ねれば重ねるだけ、威治前宗家の心は依怙地の穴倉に蹲るだけでありましょうから。
「判りました。最後に総士先生のお気持ちを一言お話ししてから、きっぱり口を噤む事にします。これは総士先生の若先生に対するご伝言でもありますから」
 万太郎はそう云って威儀を正すのでありました。「総士先生は、若し本気になって道分先生の技の継承者となる事を願うのなら、見栄や体裁や血統書や今まで締めていた黒帯なんかを綺麗さっぱり棄てて、白帯を締めて総本部に稽古に来い、とおっしゃっておられました。そのお覚悟があるのなら、総士先生は何時でも若先生を歓迎されると云う事です。要は、総士先生はこの先も、決して若先生をお見捨てにはならないと云うお心算です」
 万太郎の後ろで、またあゆみが頷く気配が伝わってくるのでありました。あゆみも一直線に、威治前宗家の顔を真剣な眼差しで見つめているのでありましょう。
 威治前宗家はと云えば、意外にもその万太郎の言葉にすぐにムキになって抗弁を捲し立てると云う事はなく、仏頂面はその儘であるものの、ほんの少しだけ苦しそうに表情を変えるのでありました。僅か程度は心の深い辺りに言葉が浸みたのでありましょうか。
「ではこれで、僕は失礼します」
 万太郎は威治前宗家に向かって綺麗な座礼をするのでありました。
(続)
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