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お前の番だ! 534 [お前の番だ! 18 創作]

「ま、行きがかり上、止むを得ず」
 万太郎はそう云うのでありましたが、見方に依っては、自分の方がこうなるべく先に仕かけたとも云えるであろうと頭の隅で考えるのでありました。
「でも、本当に、万ちゃんには怪我はないのね?」
 あゆみは、そんなものはこの際どうでも良い、と云った具合に畳の偉丈夫達からはあっさり目を逸らして、ごく間近に顔を近づけながら万太郎を覗き見るのでありました。
「はい。大丈夫です」
 万太郎はいやに接近しているあゆみの顔にどぎまぎとして、少し身を反らして自分の息がかからない距離を保とうとするのでありました。
「ああ、・・・良かったわ」
 あゆみは安堵の溜息に乗せてそう云って、思わず、と云った具合に万太郎の胸に頬を埋めるのでありました。万太郎は反射的にそのあゆみの肩に両の掌を添えるのでありましたが、まさかここでこんな風にあゆみが自分に撓垂れかかってくるとは思いもしなかったので、大いにたじろいで、その肩に置いた指が総て棒のように硬直するのでありました。
 指の硬直は、瞬く間に万太郎の全身に及ぶのでありました。万太郎は息が出来ない、或いは、息をするのを忘れるのでありましたし、心臓がやけに速く高らかに鼓動し始めて、呼吸を失って固まって仕舞った全身がそれに連れて微振動するようでありました。
 暫くして、あゆみが万太郎の胸から頬を急に離すのでありました。それはその姿勢で前を見たら、そこに及び腰に二人に視線を送る威治前宗家の姿があったからでありました。
「あら、威治さん」
 あゆみは万太郎から身を離しながら、前方の威治前宗家に向かって頓狂な声をかけるのでありました。今ようやく威治前宗家の存在に気がついた、と云った感じでありましたし、威治前宗家がそこにいる事が慎に意外であるような云い草でありました。
 あゆみはすぐに、万太郎の無事を安堵しているだけの場合ではないと、状況に思い到るのでありました。あゆみは万太郎の方にまた顔を向けるのでありました。
「で、話しの首尾はどうなったの?」
「はい。若先生も看板から、常勝流、の文字を外す事をご了解してくださいました」
 万太郎はようやくリラックス出来て、緊張も緩んで再び血の巡り始めた口角の動きも復調して、滑らかなような滑らかでないような口ぶりでそう告げながら、威治前宗家の方を見遣るのでありました。万太郎に見られた威治前宗家の方は、また急に緊張の面持ちに復して、万太郎に向かって同意を表すべく小さく頷いて見せるのでありました。
「そこの洞甲斐先生にも、ご納得いただけたようです」
 万太郎は、今度は洞甲斐氏の方に視線を移すのでありました。万太郎に倣ってあゆみも洞甲斐氏の方に目を動かすのでありました。
 洞甲斐氏は無表情に居竦んだ儘、頷く事を忘れているような按配でありました。
「そうですよね、洞甲斐先生?」
 万太郎は洞甲斐氏の方に一歩近づくのでありました。
(続)
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