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お前の番だ! 522 [お前の番だ! 18 創作]

「また随分、或る意味、スタミナのある心臓ですね」
 靴を履き終わった万太郎は立ちあがりながら、そんな冗談を云って笑って見せるのでありました。あの日、からもう一月以上も経っているのでありました。
「そんなんじゃないけどさ」
 万太郎の冗談に突慳貪にそう返すあゆみは、少し気分を害したようでありました。自分の心配の加減を如何にも軽く見做しているような万太郎に怒ったのでありましょう。
「本当に大丈夫ですよ。こちらに理のある云い分を聞いて貰うだけの事ですから」
 万太郎はある種の配慮から如何にも余裕ある笑いはその儘消さないで、しかし出来るだけクールで真面目な物腰でそう云うのでありました。
「まさか万ちゃんが会談を仕くじるとは思わないけど、でも相手が相手だから、こちらが思ってもみない展開があるかも知れないじゃない」
「臨機応変は、得意とは云わないまでも、これまでの修行で心得ている心算です。それに相手があのお二人ですから、僕はそうは遅れを取りません。ま、失礼ではありますが」
「それは万ちゃんの方が数段、人間が出来ていると云うのは知っているけど、でも人間が出来ていない二人が相手だからこそ、不測の事態が起こるようで怖いのよ」
「僕は別にあのお二人を嘗めてかかる心算はありません。充分気をつけますよ」
「あたし、本当に一緒に行こうかな」
 あゆみはそう云って万太郎の顔を見つめるのでありました。
「いやいや、あゆみさんはこの後専門稽古の中心指導があるし、そのまた後の少年部の稽古も指導しなければならないのですから、総本部に居なければいけません」
「稽古は花司馬先生と代わって貰っても構わないのよ」
 あゆみは本気の表情で未練気に食い下がるのでありました。
「いやいやいや、ダメです。僕としても僕一人の方が何かと気が楽なのですから」
 万太郎のつれない拒否に、あゆみは唇を噛むのでありました。
「判ったわ。でも呉々も気をつけてね」
「気をつけます。まあ、そう滅多な事はないと思います」
 万太郎は自信たっぷりに頷くのでありましたが、その仕草で以ってあゆみの憂いを綺麗に晴らせたようには思えないのでありました。あっけらかんと自信を見せるのは、返ってあゆみの憂いを増大させるだけかも知れないとも考えられるでありましょうか。
 とまれ、万太郎は心配顔の儘のあゆみに送られて玄関を出るのでありました。あゆみは門まで一緒について来て、仙川駅に向かう万太郎の後ろ姿を見送るのでありました。
 万太郎は具体的な話しの持って行き方の方策は、実は何も考えていないのでありました。結局は簡単な内容の話しなのでありますから、先ずは切り出してから、その後は出たとこ勝負で行くしかないであろうと心積もっているのでありますが、こういう行き当たりばったりでは、二人の心服を得る等は叶わぬ事であろうと思われるのでありました。
 電車が狭間駅を過ぎて、直に高尾駅に着くと車内アナウンスが流れると、万太郎の憂鬱がいや増すのでありました。万太郎は小さな嘆息を漏らすのでありました。
(続)
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