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お前の番だ! 483 [お前の番だ! 17 創作]

 考えてみれば自分の内弟子としての給金てえものは、ひょっとしたら堂下の貰っている給金よりも少ないかも知れないのであります。しかしながら食う事寝る処は保障されているのでありますから、その金はすっかり小遣いに出来るようなものでありますし、これと云った道楽もない万太郎であってみれば、寧ろ使い切れない程なのであります。
 花司馬教士は所帯持ちでありますから、家計を維持出来る額は出さなくてはならないわけでありますが、万太郎としてはそれは当然の処置と思うのみで、それに比べて道場を主導している筈の自分が殊更冷遇されている等とは露程も考えた事はないのであります。是路総士に対しても内弟子として師事させて貰っている事を感謝するだけであります。
 雇用と被雇用の関係、または労働の対価としての賃金、と云う見地から傍観すれば、この万太郎のあっけらかんとした心根なんぞは、労働者の風上にも置けない了見のようにも見えるでありましょう。或いは良いように扱き使われている愚か者のようにも。
 しかしどだい、武道を修行する者が損得勘定や生活の快適さ等を優先させていては、修まるものも修まらなくなると万太郎は考えるのであります。形として常勝流総本部道場に勤めを得ているのでありますが、万太郎の実質は武道修行者なのであって、それを被雇用者と云われて仕舞うと、何とも尻の落ち着き悪さを感じて仕舞うのであります。
 ところが堂下はどうしても損得の計算が先走るようになっているようでありました。それは恐らく堂下が威治宗家を師であると認めていない事に起因するのでありましょう。
 威治宗家に武道的力量にしても人間的信用にしても、師たるに足りる魅力が決定的に足りていないのが第一番目の理由ではありましょうが、堂下は威治宗家をある意味、見下しているのでありましょう。それは田依里筆頭師範の存在がある故でありましょうか。
 田依里筆頭師範とは直接の利害関係がない事もありましょうが、威治宗家よりは遥かに信頼に足る人物と堂下は見做しているようであります。確かに田依里筆頭師範は万太郎が見ても、なかなかに大した人物と見えるのであります。
 この田依里筆頭師範と比較すれば、威治宗家は自分の立場を笠に着た横着の仕放題だけの人物で、人を人とも思わずその事を屁とも思ってもいない、如何にも人間的な魅力に乏しい、底の浅い、取るに足らぬ人物に見えて仕舞うのでありましょう。田依里筆頭師範に心服する分余計に、堂下の威治宗家への軽蔑が増幅すると云うものでありますか。
 堂下は興堂派に残った、或いは早々に脱する機を逸した自分を悔いた事でありましょう。その堂下には田依里筆頭師範の存在が云ってみれば救いなのかも知れません。
 さて、こう云った威治宗家の評判は常勝流総本部道場の指導陣ばかりでなく、門下生達の間にも様々な尾鰭までついた形で伝わっているのでありました。恐らく嘗て興堂派に身を置いていた事のある移籍者辺りが、何処からか仄聞してきて齎すのでありましょうが、その者達は自分の移籍と云う選択が正しかった事を改めて再確認し、且つその正しさにより強固な裏づけを与えるためにあれやこれやの尾鰭も必要とするのでありましょう。
「威治は一体、この頃どうしちまったんだ?」
 鳥枝範士に万太郎は訊かれる事があるのでありました。「彼奴の虚け加減は今に始まった事じゃないが、それにしてもこの頃は輪をかけて酷いと云うじゃないか」
(続)
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